「一華、大好きだよ」
そうやって、あたしを幸せにしてくれた君はもういないんだ。
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何も考えずに屋上の柵にもたれかかる。
こうしている時間が一番好きだったりする。
こうしていれば、君はあたしを見つけてくれるのかな。
ガチャ。
「…誰?」
「いた、一華!もう、びっくりしたんだからね、どこに行ったのかと思って」
「なんだ蘭か。身構えて損した」
あたしの親友の鈴木蘭。
友達からは鈴蘭なんて呼ばれてるけど、この子は鈴蘭嫌いなんだって。
あんなに可愛いのにね。
「…また楓斗くんのこと、考えてるの?」
蘭は、いつもあたしの痛いところ突いてくるなあ。
「あたし、やっぱり楓斗のこと忘れて恋愛とか、無理だよ」
「…ねえ、一華。ずっと言えてなかったことがあるの」
珍しく、蘭が真剣な顔して言ってくる。
その顔に、妙な胸騒ぎがした。
「…何?」
「…私ね、病気でね。あと一ヶ月しか生きられないんだ」
神様、どうしてあたしから何もかも、奪って行くの…?
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「なあに、楓斗?あたしに大事な話って」
「…一華、ごめんな。別れよ」
それはあまりにも唐突すぎる提案だった。
「なんで!?楓斗、あたし、何かしちゃった?」
「いや…一華のせいじゃない。俺の問題」
あたしから見た君は、とても苦しそうに見えた。
その時に、なぜ気づいてあげられなかったのだろう。
「俺さ、一華以外に好きな人ができた」
大好きな君からは、一番聞きたくない言葉だった。
「ねえ何で!?この前まであんなに好きって言ってくれてたのに!」
あの時のあたしは、自分の大好きな君に振られたことのショックに気を取られて、君がもっと重いものを抱えていることに気づけなかったんだ。
君が亡くなったと知ったのは、その一週間後のことだった。
君に振られて、学校に行く気力すら無くなっていた。
だから、君が学校に来ないで入院していたことも知らなかった。
突然鳴った電話に、あたしは誰からか見もせずに出た。
「もしもし」
聞いたことのない声だった。
「こちらは、久遠一華さんのお電話で間違いないでしょうか」
「…はい、そうですけど」
長い沈黙が続いた。
「息子の旭日楓斗のことで、お伝えしたいことがありまして…」
あたしは、悪い想像が頭をよぎって、震える声で尋ねた。
「楓斗に…何かあったんですか…?」
「…楓斗は今朝、病気で…亡くなりました」
あたしは、全て悟ってしまった。
君は、優しいから。
あたしに心配させたくなかったんだね。
あたしに、ああやって言えば、一週間くらいは家に引き篭もるだろうってとこまで、あたしのことを知り尽くしてた。
君は、さすがだね。
「一華さん、楓斗から手紙を預かっているんです。今日、お葬式があるので、お顔を出していただけませんか?」
君が、あたしに手紙か。
今は読みたくないけれど、読まないと後悔すると思った。
君のお母さんは、君によく似た優しい人だった。
君への愛情が滲み出ていて、その姿を見るだけで勝手に涙が出てきた。
「一華さん、来てくれてありがとう。これ、楓斗からの手紙よ」
「あたし、楓斗からいろんなものもらってきました。でも、あたしはまだ楓斗に何も返せてないのに…」
思わず、お母さんの前で泣き崩れてしまった。
「一華さん、そんなことないわよ。私たちね、なかなか仲のいい親子でね。いろんなことを話したわ。楓斗はね、一華さんの話をする時が、一番嬉しそうだったの」
お母さんは、あたしに向かって力強く微笑んだ。
「だからね、自分のこと、そんな風に思わないで。楓斗は一華さんに何度も救われてきたはずよ」
君は、あたしを喜ばせるのが本当に上手い。
そう思った。
家に帰り、君からの手紙を開いた。
『大好きな一華へ。
今頃、俺がいなくなって、悲しくて大泣きしてるんじゃない?
俺、一華のことは何でも分かっちゃうんだよ。
この前は、ごめん。
どうしても一華の不安そうな顔は見たくなかったんだよ。
一華は、笑顔でいる時が一番可愛いんだから。
一華、俺のことが大好きなのは分かってる。
だけどね、俺はもういないんだ。
一華には、俺のことなんか忘れて、幸せになってほしいんだ。
ふとした時に、これを見て楓斗っていう彼氏もいたなあなんて軽く思い出してくれれば充分。
それで、一華がおばあちゃんになって天国に来た時に、一華の旦那さんと一華について熱く語り合うのが、今の俺の夢。
寂しくさせてごめん。
でも、俺はいつでも一華の味方だから。
ありがとう、一華は俺の大好きな可愛い彼女だったよ。
元気で長生きしてね。
旭日楓斗』
君は、どこまであたしを泣かせたいんだろう。
君は、とても優しくて、それでいてとてもずるい人だったよ。
本当にこの世は、残酷だ。
あたしが、楓斗が、蘭が、何をしたっていうんだろう。
どうして、あたしたちを引き離すんだろう。
あたしにはもう、蘭しか頼れる人がいないのに。
あたしの両親はあたしには無頓着で、病弱な妹ばっかり可愛がった。
あたしだって、妹を可愛がってた。
だけど結局、妹はまだ小さいうちに死んでしまって、両親はあたしのことをほったらかしにするようになった。
一人になったあたしを救いだしてくれたのが、楓斗と蘭だった。
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「…蘭、それ本当?」
「…うん。もっと早く伝えたかったんだけど、私も気持ちの整理がつかなくて」
「やだよ、蘭。行かないでよ…」
「ごめんね、一華。もう、どうしようもなかったんだ。
…ねえ一華。
楓斗くんね、一華のことすごく心配してた。
私も今、一華のことがすごく心配なの。私が死んだら、一華はひとりぼっちになっちゃう。
だからね、一華。一華だけは、前を向いて進んでいってほしい」
ごめん、蘭。
きっとそれはできない。
それだけ、蘭と楓斗の存在はあたしにとって大きいものなんだよ。
「私、明日から入院するんだ。でも、一華には楽しく毎日過ごしてほしい。こんな私とずっと仲良くしてくれて、本当にありがとう」
そう言って、蘭は屋上を出て行った。
あたしは、止めていた涙が溢れ出して、もう止められなかった。
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蘭が死んで、一年が経った。
今、あたしの隣には一人の男の子がいる。
「一華、どうしたの?考え事なんて珍しいね」
七瀬日向。
それが彼の名前。
あたしを絶望から引き上げてくれた、いわば第三の恩人。
日向くんは、君と同じくらい優しくて、蘭と同じくらい明るい人。
そしてあたしの、今の恋人。
二人を忘れられたわけじゃない。
君への恋も、蘭との友情も、一生消えないあたしの宝物だ。
それでも、前を向こうって思えたんだ。
二人のおかげだよ。
あたしは、いつまでも楓斗と蘭のことを忘れないよ。
どんなことがあっても。
楓斗のくれた「大切な思い出」。
蘭のくれた「再び訪れる幸せ」。
あたしは二人に、この「固い誓い」を捧げます。



