悪魔の口ぶりからして、郁実の死はきっと定められた今日の結末。
砂時計で時を戻し、そのシナリオを書き換えれば、この絶望を跳ね返せるはず。
与えられたチャンスは5回。
悪魔に魂を捧げてでも懸けたい。たとえ、地獄に落ちることになっても。
わたしが郁実を救ってみせる。
「覚悟は決まったみてぇだな。じゃ、戻ろうか」
その言葉に決然と立ち上がり、砂時計を強く握り締める。
悪魔は手袋を噛んで外し、右手を掲げた。
「せいぜい楽しませてくれよ」
そう言って指を鳴らしたかと思うと、ふいに再び空気が一変した。
強い風が吹きつけてくるような錯覚を覚えて思わず目を瞑る────。
「……な。花菜?」
はっと目を開けた。
すると、心配そうにこちらを覗き込む郁実が視界に飛び込んでくる。
「郁、実……?」
「うん? どうしたの、ぼーっとして」
信じられない。
慌てて彼の様子を窺うけれど、どこにも傷は見当たらない。
「だ、大丈夫……なんだよね?」
「そう聞きたいのは僕の方だよ。大丈夫? 具合悪いとかじゃない?」
「わ、わたしは全然!」
ふるふると首を横に振って答えると、あたりを見回した。
横断歩道ではなく、朝の学校の風景が広がっている。
階段を上りきった廊下のところ。
ちょうど今朝、郁実に声をかけられた場所だ。
(本当に時間が巻き戻った……?)
彼の死がなかったことになった。
半信半疑だったけれど、こうして目の当たりにした以上間違いない。
あの悪魔は本物だと、信じるほかない。
「あのさ、今日一緒に帰ろう」
郁実は今朝とまったく同じことを口にする。
凄惨な事故の記憶が自ずと浮かび、表情が強張った。
信号を無視して猛スピードで突っ込んできた大型トラック。
轢かれそうになったわたしを助けたことで、郁実がはねられてしまった。
一瞬の出来事だった。
わたしのせいだ。
鮮やかな赤色が頭から離れなくて、足がすくんでしまう。────それでも。
「……うん、帰ろ」
硬い声で答えると、ぎゅ、と強く両手を握り締める。
冷えきった指先の温度が染みて、身体が小さく震えた。
守らなきゃ。助けなきゃ。
あんな展開、二度と繰り返したくない。
(絶対に死なせないから)
何としてでも運命を変えてみせる。
そう固く決意すると、囁くような悪魔の笑い声がすぐそばで聞こえた気がした。



