「結末を変えられる可能性だ。運命を変えて、そいつを救ってみろよ。結果がどうあれ、おまえが死ぬときは俺が魂をもらいに来るけど」
彼と契約すれば、わたしが郁実を救えるかもしれないということだろうか。
心臓が強く打った。
恐怖や不安で圧倒されていたけれど、だんだん冷静さが戻ってくる。
「契約、する」
万にひとつでも可能性があるのなら、希望を信じたい。
ほかに選択肢なんてなかった。
迷う必要もなかった。
「そう言うと思ったぜ」
彼はにやりと楽しそうに口角を上げ、悠々とわたしを見下ろしている。
「でも、どうすればいいの? 時間でも巻き戻らない限り、郁実はもう……」
「戻せばいいんだよ、だから」
何を言っているんだろう。
訝しげに眉を寄せると、彼は緩慢とした動きで目の前に屈んだ。
その手にはいつの間にか砂時計がある。
黒色の枠に赤い薔薇が咲いていた。
5輪の花は、どれもまるで本物みたい。
「砂時計……?」
「こいつをひっくり返せば時間が巻き戻る。今日をやり直せる。チャンスはその薔薇がぜんぶ枯れるまでだ」
「ち、ちょっと待って。そしたら郁実も生き返るの? 本当に?」
「“生き返る”って言い方は正しくねぇな。今回の場合、死んだって事実がまるごとなかったことになる。時間が戻るんだからそりゃそうだろ?」
起きた出来事すべてがリセットされるわけだ。
今日をやり直すことで、郁実が死んでしまうこの結末を回避できるかもしれない。
その分岐点を見つけられれば、彼を救える。
悪魔が言う“可能性”とはきっとそういうことだ。
冷えた手で砂時計を受け取った。
中で白色の砂がさらさらと流れる。
「薔薇がぜんぶ枯れたらどうなるの?」
「砂時計は効力を失う。ひっくり返しても、時間は戻らずにそのまま進むってことだ。当然、2個目の砂時計なんかねぇぞ。壊れたときも同じだから、丁寧に扱えよ」
そう言われ、両手で包み込むようにして持った。
落として割れたりなんかしたら一巻の終わりだ。
「……分かった。その前に運命を変えればいいってことだね」



