何も言い返せなかった。
あの瞬間生まれた迷いは間違いなく、花菜の命とあの子の命を天秤にかけたゆえのものだった。
巻き戻してやり直せば、ふたりともが死なない結末を見つけられる希望はある。
だけど、これまでそうだったみたいに花菜がまた不条理な死に誘われる可能性の方が高かった。
せっかく助かったのに、見ず知らずのあの子を助けるためにそこまでのリスクは冒せない。
僕にとっては、花菜がすべてだから────。
「……最低だね、僕」
「ああ。けど、避けられない選択だ」
選ばなければいけない。
花菜かあの子か、誰かが必ず死んでしまう運命なのだとしたら。
(でも……)
自分の弱さもずるさも身勝手さもぜんぶぜんぶ自覚した上で、それでも最初から結論が変わることはなかった。
そもそも花菜を救うためのタイムリープなんだ。
ほかの何も関係ない。
最低だろうと構わない。
悪魔に魂を奪われようと、地獄に堕ちようと知ったことか。
これを最後の“今日”にする。
砂時計を叩き割ろうと持ち直した瞬間、喧騒を割るような声が響いてきた。
「玲……。玲……っ」
人波をかき分けて進む背の高い男子生徒と、淡々とそのあとを追う、白みがかった金髪をそなえる女子生徒。
彼がうわごとみたいに口にしているのは名前だろうか。
(あの人……)
何となく見覚えがあるような気がした。
確か去年、花菜と委員会が同じだったという先輩だ。
柊先輩、と彼女が呼んでいたような。
たまに一緒に話しているところを見たことがあって、僕としてはどうしても意識せざるを得ない存在だった。
彼は一心不乱に突き進み、血まみれで倒れているあの子のそばに屈んだ。
前に見かけたときは随分と大人っぽくて余裕のある印象だったけれど、いまはそうもいかないらしい。
あの子とどういう関係なんだろう?
「……出てきやがったな」
おもむろに悪魔がそう呟いたかと思うと、金髪の女子生徒が動いた。
その手にあるものを見て驚愕する。
「え……?」
青薔薇の咲く白色の砂時計。
思わず手元のそれと見比べてしまう。────まさか。
果たして彼女は砂時計をひっくり返した。
その瞬間、ふっと意識が浮かび上がるような感覚がした。
涙が目のふちにあふれたときみたいに、ありとあらゆるものの輪郭を光がふちどって眩しくなる。
世界が光の粒に飲み込まれていく。
(何が、起きて……)
まどろむような夢と現実のあわいから、唐突に手を掴まれて我に返る。
いつの間にか手すりから下りていた悪魔が目の前に立っていた。
無機質な手袋の感触に戸惑いながら彼を見やる。
「残念だが“今日”のことは一旦諦めるんだな」
不敵な笑みをたたえたかと思うと、そのまま僕の手首を返す。
手の中で砂時計が逆さまになり、光に満ちた世界がひび割れていった。



