「……何だよ、まだ疑ってんのか。じゃあ、ほら。見てみろよ」
またしてもわたしの心を読んだかのように、うんざりした様子で彼は言った。
黒い手袋をつけた親指が示した先を追うと、驚いて思わず「えっ」とこぼれた。
誰もいない。
さっきまで周りにできていたはずの人だかりは消え、間近で停まっていたトラックまでもがなぜか消失していた。
「ど、どういうこと?」
「結界を張ったんだよ。現実世界はこの帳の外に置いてきた。俺たちから見えないのと同じように、向こうからも俺たちの姿は見えてない」
どうやら“消えた”わけではないみたいだ。
とっさに見下ろすと、地面には痛々しい姿の郁実が倒れたまま。
先ほどよりも血の色が濃く見える。
ぎゅう、と思わず自分の両手をきつく握り締めた。
悪魔とか結界とかいまはどうだっていい。
このままじゃ、郁実が────。
「……信じる。信じるからお願い! 郁実を助けて」
縋るように懇願すると、悪魔は声高に笑った。
「面白いこと言うな。悪魔に助けを求めるやつがいるかよ」
「お願い……! あなたなら何とかできるでしょ?」
「何でそう思う?」
「だって、ここに現れたから……」
このタイミングでわざわざ、用もないのにやって来るなんて思えない。
姿を現してまで、何が目的で来たんだろう。
「なるほどね。……それも面白いか」
顎に手を添え、ひとり納得した様子で頷く。
ふと立ち上がったかと思うと、真横へ回り込んできた。
「じゃあ、俺と契約するか?」
予想外の言葉に困惑してしまう。
悪魔と契約。
そういう方面に詳しくなくても、それがいかに危険なことかは分かる。
ぞくりと背筋が冷たくなった。
「俺にこいつの命を助けろってのは無理な話だ。人間の運命に直接干渉することはできねぇからな。でも、おまえなら可能性はある」
「え……?」



