メリーでハッピーなトゥルーエンドを


「どこか寄ってく? 郁実は行きたいところある?」

 ふわりと笑うその顔を見れば、迷ったり拒んだりする選択肢なんてもともと皆無(かいむ)だったみたいだ。

 こんな状況でも素直に嬉しいと思ってしまう。
 その“当たり前”が。

「今日は……まっすぐ帰ろう。家まで送る」

 そんな僕の言葉に花菜は戸惑いを見せたものの、不思議そうな表情を浮かべるに留まった。

 ふとした瞬間に“昨日”の残酷な光景が、真っ赤な鮮血が脳裏(のうり)に蘇る。
 思考の隙間を赤い血が伝って流れていく。

(……大丈夫、心配いらない)

 いまは、彼女を家まで無事に送り届けることだけを考えよう。
 そうすればきっとふたりで“明日”を迎えられる。



「じゃあ、また明日ね」

 花菜の家までたどり着くと、僕はおまじないのようにそう口にした。
 何気ない言葉なのに、それがこんなに切実な願いになるなんて。

 駅では彼女が線路に落ちることがないよう、ことさら気を張ってやり過ごした。

 “昨日”、もし花菜が誰かに突き落とされたならその犯人が分かるかもしれない。
 そう思ったけれど、特に怪しい人影は見当たらなかった。

「あ、待って。上がってく? せっかくだし」

「今日は遠慮しておく。早く家に入って、ちゃんと鍵閉めてね」

「え? う、うん……」

 困惑した様子ながら花菜は頷いてくれた。
 理由を説明できないのが心苦しいけれど、その安全を守ることが先決だ。

 また明日、と手を振って家の中へその姿が消える。
 ちゃんとドアが閉まったのを確かめてから、僕も帰路についた。

 ────その夜だった。
 彼女の家が火事で全焼したことを知ったのは。

 たまたま家を空けていた花菜の家族は無事だったものの、花菜自身は助からなかったらしい。

「何で……」

 思わず呟いた声はひび割れた。

 線路への転落事故は避けたのに、家までたどり着いても無事じゃ済まなかった。

 冷えた全身から力が抜ける。
 守りきれなかった、そんな事実に愕然(がくぜん)としてしまう。

「これで分かったろ? ひと筋縄じゃいかねぇんだ」

 ふいに現れた悪魔は、部屋の窓枠に悠々と腰を下ろして長い足を組んでいた。
 まるでこうなることを見越していたみたいな口ぶりだ。