メリーでハッピーなトゥルーエンドを


 掠れた声がこぼれ落ちた。

 何が起きたのか分からない。
 分からないのに、真っ赤な色が頭の中に流れ込んでくるせいで、結果だけは嫌でも理解させられる。
 あまりの鮮やかさに目眩(めまい)がした。

「郁実……?」

 浅い呼吸を繰り返したまま、四つん這いで彼のもとに近づく。

 見たくない。見るべきじゃない。
 そんな本能からの警告も追いつかないで、(かたわ)らにたどり着いた途端に力が抜けた。

「郁実……。郁実……っ」

 傷も見分けられないほど血まみれで横たわる彼は、何度呼びかけても微動だにしない。
 ただでさえ色白の肌が、いまは透き通るほど青白く感じられた。

「うそ。やだ……。やだ!」

 現実を拒絶したくてかぶりを振る。
 到底受け入れられない、信じられるはずもないのに、限界を超えた感情が涙になってあふれ出した。
 溺れているみたいに苦しい。

「郁実……っ!」

 ────泣き叫ぶように呼んだ瞬間、ふっといきなり空気が()いだ。

 風の音、鳥の声、エンジン音、事故に気づいた人たちのざわめき、それどころじゃなくて遠ざかっていたはずのそんなノイズがすべて消える。

 不思議とそのことに気がついて、わたしは顔を上げた。
 どうしてか、あれほどまでの動揺は波のように引いていた。

「……へぇ。なかなか(いき)な結末だな」

 聞き慣れない声がして、はっと振り向く。
 そこには身長が高い黒髪の────得体の知れない誰かが立っていた。

「誰……?」

 一見若い男の人だけれど、たぶん人間じゃない。
 頭にある2本の小さな角も背中に生えた黒い翼も、どう見たって本物だ。

 まるで悪魔みたい。
 直感的な危機感と警戒心からか何だか寒気がした。

「おまえの想像通りだと思うけど」

 はっとした。
 (またた)いた次の瞬間、彼が目の前に屈んでいた。

「ま、まさか、本当に悪魔なの……?」

「それ以外、何に見える?」

 自身の膝に頬杖をつき、呆れたように言う。
 戸惑いと恐怖でわたしは言葉を失った。

 いままでその存在を信じたことはなかったし、詳しく知っているわけでもない。
 それでも、漠然(ばくぜん)としたイメージ通りの見た目だった。

 闇のように黒い髪と翼、血みたいに赤い瞳、口を開くと時折覗く鋭い八重歯。
 にわかには信じられないけれど、疑いの余地もないほど人間離れしている。

 だけど、やっぱりありえない。
 本当に悪魔なの?
 悪魔がどうしてここに現れたの?