呼びかけられて顔を戻すと、そこには転校生の黒崎くんがいた。
いつの間に、いつからこんなに近くにいたんだろう。
「なに? ……わっ」
そんなに話したこともないのに何の用だろう、なんて身構えているうちに、ふいに彼の手がわたしの頭に載せられる。
戸惑う間もなく、みるみる目が覚めていくような心地がした。
黒い靄に覆われ埋もれていた記憶が、ひとつなぎのフィルムみたいに浮かび上がってくる。
(そうだ、わたし……)
はっとして御影を見やると、その手が離れていった。
外していた黒い手袋をつけ直すその仕草を、驚いたまま目で追う。
「す、ごい……。思い出した、ぜんぶ」
「そりゃ何よりだな。俺に感謝しろよ」
「うん。ありがとう、御影。“昨日”も助かったよ」
結果的にわたしは命を落としたけれど、彼が砂時計をひっくり返してくれたお陰でこうして生き返ることができたわけだ。
率直に口にすると、なぜか今度は彼が目を見張る。
どこか居心地悪そうに眉をひそめた。
「いや、別に……おまえのためじゃねぇし。勘違いすんなよ、俺は味方じゃねぇからな」
そう言いながら、おもむろにポケットに手を入れたかと思うと砂時計を取り出す。
「ん。これ渡しとく」
「あ、ありがとう。割れなくてよかった」
両手で包み込むようにして受け取ると、薔薇が3輪枯れてしまったそれをブレザーのポケットにしまっておく。
(けど……)
一度、本来の持ち主である御影の手に渡ったとしても薔薇は咲き戻らないようだった。
残された猶予はたったの2回だけ。
一気に肌寒さを覚えた。
もう、失敗は許されない。
「……“昨日”、郁実は助かったの?」
危機感に心を焼かれながら、ひび割れた声で尋ねた。
「ああ、あいつは死ななかった」
「よかった、やっぱり郁実を死なせないことは不可能じゃないんだね。だけど、わたしは何で記憶を失ってたの?」
「死んだからだ」
そういうことだったんだ、と腑に落ちる。
それでいて御影を転校生と認識していたということは、あの段階では彼が一様に書き換えた通りの記憶を持っていたのだろう。
「……でも、どういうこと? 何がどうなってるの?」
今回はもったいぶらずに教えてくれたとはいえ、まだまだ分からないことだらけだ。
明らかにこれまでとちがった“昨日”の展開も、郁実とわたしの結末も、あの子や真白先輩のことも────。
「あの子は……どうして殺されてたの? 誰に……」
教卓の下に隠されるようにして亡くなっていたあの子────柊先輩が「玲」と呼んでいたのはたぶん彼女のことだ。



