メリーでハッピーなトゥルーエンドを


 どうして、郁実を置いて彼を追ったのかは自分でも分からなかった。

 だけど、伝えないと、ととっさに思ったのだ。
 あの子のことを。

 柊先輩がこちらを振り返った瞬間、またしても金色の髪が視界をよぎった。
 真白先輩だ。

 凜と揺らがない彼女の瞳が、いまだけはどこか怒りを宿しているような気がした。

「彼には会わせないって言った」

 淡々とそう口にしたかと思うと、こちらに手を伸ばしてくる。
 そのまま流れるような動作で指を鳴らした。

「え……?」

 ふっと空気が突然変わった。

 足元よりずっと下にコンクリートの地面が見えて、そのときようやく浮遊感に包まれる。

 わたしはなぜか空中へ投げ出されていた。
 目の前に見えるのが校舎の最上階の窓だと気づいた瞬間、糸が切れたみたいにみるみる落ちていく。

「……っ!」

 急速に地面に吸い寄せられ、強い風に煽られた。
 身を縮めながらぎゅっと目をつむる。

「花菜!」

 郁実の声がして思わず目を開けた。
 それと同時に、全身にとてつもない衝撃が走る。

 腰も脚の関節も、ばらばらに砕け散ってしまったんじゃないかと思った。
 勢いよく地面に叩きつけられた衝撃のあと、刹那(せつな)の間があってから激痛が襲いかかってくる。

「う、ぅ……」

 痛い、なんてものじゃない。
 あまりに痛くて苦しい。苦しくてたまらない。

 視界がちかちかと明滅して、ひどい耳鳴りと目眩までしていた。
 自分のものじゃないみたいに身体が動かない。まったく力が入らない。

 もはや顔すら動かせなかったけれど、感覚で分かった。

 あちこちから血がどろどろとあふれ出していること。
 喉から漏れ出るような微弱な呼吸は、あと1分もしないうちに止まってしまうだろうことも。

「あーあ。……ったく、俺がいてよかったな」

 ぼやけて霞む視界を黒い影が覆った。
 見えないけれど、御影にちがいない。

「言ったろ、死ぬのはおまえかもしれないって。せっかく教えてやったんだからちょっとは警戒しろよ、ばか」

 不思議と彼の声だけは濁らずはっきり聞こえていた。

 ほんのわずかだけれど、頬に何か触れた感触があった。
 もしかしたら血でも拭ってくれたのかもしれない。

 麻酔がかかっているときみたいに感覚が鈍かった。
 あれほどまでの痛みももう麻痺しかけている。

「ほら、さっさと戻るぞ。運命を変えてイクミを救うんだろ? おまえがくたばってる場合じゃねぇ」

 彼はそう言って、きっと砂時計をひっくり返した。
 枯れた薔薇の花びらが血に溶けていく。

 朦朧(もうろう)としながら、わたしはぎりぎりで保っていた意識を手放した────。