◇
耳鳴りがする中、誰かの声がくぐもって響いていた。
水底から浮上するように意識が現実へ追いつくと、ぱっと目を開ける。
そこには変わらない郁実の姿があった。
「あのさ、今日一緒に帰ろう。……って、花菜?」
「……っ」
図らずも視界が滲み、息をのむ。
(よかった……。本当によかった)
郁実が無事で、とは言えないけれど、あの結末をリセットできて。
彼の死を帳消しにして、また振り出しに戻ってきた。
「ごめん、何でもないの。……うん、一緒に帰ろ」
“昨日”は何もかもが中途半端だった。
郁実との距離感だとか先輩の言葉だとか、心をかき乱すようなノイズに揺さぶられて、ろくに考えもしなかったからあんなことになったんだ。
易々と郁実を失った。
鮮烈で凄惨な記憶が脳裏に焼きついていた。
ガラガラと崩れ落ちてくる鉄骨の音も、目が覚めるような赤い血の色も、わたしから体温を奪っていく。
「……ねぇ、郁実」
「ん?」
「郁実って、病気……とかじゃないよね?」
気づいたら口をついていた。
“昨日”の光景が頭から離れないのだ。
落下してくる鉄骨より、彼がその下敷きになったという事実より、苦しそうに血を吐いた瞬間のインパクトが大きかった。
だって、やっぱりあまりにも解せない。
小さい頃から一緒に過ごしてきたけれど、いままでそんな素振りは一切なかった。
確かに風邪をひきやすい体質ではあったものの、大きな病気を抱えているなんて聞いたことがない。
「えっ、病気? ちがうけど、急に何で?」
彼は困惑したように聞き返してくる。
しらを切っているようには見えない。
本当にただ思わぬことを聞かれたという驚きと戸惑いが窺えた。
「……そうだよね。それならよかった。ごめん、気にしないで」
ほっとする反面、納得しながらも違和感が膨れ上がっていくのを自覚する。
じゃあ、いったい何だったんだろう?
頭の中が、色の混ざり合ったぐちゃぐちゃのパレットみたいな状態だった。
どろどろ溶け出して思考をまだらに染めていく。
(……分かんない)
困惑を極めるわたしの心情なんて知るよしもない郁実は、ただ不思議そうにこちらを見つめていた。
それに気づき、ぱっと笑顔を浮かべてみせる。
澱みは拭えないけれど、彼の前で鬱々と考え込んだって仕方ない。
「じゃあ、またあとで!」
耳鳴りがする中、誰かの声がくぐもって響いていた。
水底から浮上するように意識が現実へ追いつくと、ぱっと目を開ける。
そこには変わらない郁実の姿があった。
「あのさ、今日一緒に帰ろう。……って、花菜?」
「……っ」
図らずも視界が滲み、息をのむ。
(よかった……。本当によかった)
郁実が無事で、とは言えないけれど、あの結末をリセットできて。
彼の死を帳消しにして、また振り出しに戻ってきた。
「ごめん、何でもないの。……うん、一緒に帰ろ」
“昨日”は何もかもが中途半端だった。
郁実との距離感だとか先輩の言葉だとか、心をかき乱すようなノイズに揺さぶられて、ろくに考えもしなかったからあんなことになったんだ。
易々と郁実を失った。
鮮烈で凄惨な記憶が脳裏に焼きついていた。
ガラガラと崩れ落ちてくる鉄骨の音も、目が覚めるような赤い血の色も、わたしから体温を奪っていく。
「……ねぇ、郁実」
「ん?」
「郁実って、病気……とかじゃないよね?」
気づいたら口をついていた。
“昨日”の光景が頭から離れないのだ。
落下してくる鉄骨より、彼がその下敷きになったという事実より、苦しそうに血を吐いた瞬間のインパクトが大きかった。
だって、やっぱりあまりにも解せない。
小さい頃から一緒に過ごしてきたけれど、いままでそんな素振りは一切なかった。
確かに風邪をひきやすい体質ではあったものの、大きな病気を抱えているなんて聞いたことがない。
「えっ、病気? ちがうけど、急に何で?」
彼は困惑したように聞き返してくる。
しらを切っているようには見えない。
本当にただ思わぬことを聞かれたという驚きと戸惑いが窺えた。
「……そうだよね。それならよかった。ごめん、気にしないで」
ほっとする反面、納得しながらも違和感が膨れ上がっていくのを自覚する。
じゃあ、いったい何だったんだろう?
頭の中が、色の混ざり合ったぐちゃぐちゃのパレットみたいな状態だった。
どろどろ溶け出して思考をまだらに染めていく。
(……分かんない)
困惑を極めるわたしの心情なんて知るよしもない郁実は、ただ不思議そうにこちらを見つめていた。
それに気づき、ぱっと笑顔を浮かべてみせる。
澱みは拭えないけれど、彼の前で鬱々と考え込んだって仕方ない。
「じゃあ、またあとで!」



