「……じゃあ、ちょっと待ってて。職員室行ってくる」
郁実の声ではっと我に返る。
ちょうど1階に着いたところだった。
「あ、わたしも」
何となくついていくことにすると、彼は意外そうに瞬く。
けれど、すぐに「分かった」と頷いてくれた。
(……しっかりしなきゃ)
まとわりついてくるもやもやを振り払うようにかぶりを振る。
いまは余計なことを考えないで、バッドエンドから逃げるのに集中しないと。
学校を出ると、緊張から心臓が高鳴った。
決して心地いいものではなくて、むしろ肌の焼けるような焦燥感。
落ち着けるように息をついてみたけれど、閉じた瞼の裏に赤色がぶちまけられてしまって逆効果だった。
衝撃的な事故の記憶を、まだ鮮明に引きずっている。
「ね、ねぇ。今日は別の道から帰ろうよ」
そう言うと、紅茶を飲んでいた郁実が不思議そうにわたしを見た。
「いいけど、何で? 何か用事でもあった?」
「あ、急いでるわけじゃなくて……。むしろその逆っていうか」
言葉を探して口ごもると、くす、と笑い声が降ってくる。
彼はどこか嬉しそうだった。
「分かった。遠回りしよう。……そしたら少しでも長く一緒にいられるもんね」
あまりにもまっすぐ告げられて、心をまるごと奪われたみたいに一瞬ほうけてしまった。
傾きかけた陽の光でふちどられている彼の輪郭も、揺れる影も、透けた紅茶の色も、綺麗なのになぜか寂しげだ。
否定できないわたしはまだ、言葉を見つけられないまま。
────いつもの曲がり角を通り過ぎて、流れる雲を追いかけていく。
ちらりと窺うようにその横顔を盗み見た。
「郁実も……だから、声かけてくれたの? 一緒に帰ろう、って」
「そうだよ」
こともなげに認められ、驚いて足を止めると彼が振り向く。
目が合う前に逸らしたのに、何も言わずに見つめてくるから負けてしまった。
静けさを埋めるのは自分の鼓動と、風の音と、近くの工事現場から響いてくる甲高い鉄の音。
これ以上見つめ合っていると誤魔化しきれなくなりそうで、つい冗談めかして笑った。
「ちょっと、いつからそんな正直になったの?」
「……だめだった?」
軽く流そうにもやっぱり郁実は逃がしてくれなかった。
否定してくれないと、また思い上がっちゃうのに。
真剣な眼差しのまま歩み寄ってくると、わたしの前で足を止める。



