何だか不機嫌そうにも見えたのは、たぶん“昨日”あんな話をしたせい。
はっきりと言葉にはされなかったけれど、彼の気持ちに触れたせいだ。
わたしの想像通りだったら、ちょっとかわいいかもしれない。
「うん、全然いいよ。郁実にあげる」
「ありがとう。……でも、何で笑ってる?」
「ううん、何でもない」
すねたような困ったようなその言い方にも、どうしたって頬が緩んでしまう。
心がくすぐったくて仕方なかった。
……どうしよう、何だかすごく心地いい。
郁実の隣という居場所に別の意味が芽生えそう。
幼なじみだからって、いままで無意識のうちに抑え込んできた分、認めたら止まらなくなりそうな気がした。
その変化が嬉しいような、怖いような────。
だから、ひとまず隠しておこう。
少なくともふたりで明日を迎えるまでは。
「花菜の分は僕が買ってあげるから、恨まないでね」
「紅茶で? まさか」
いくら好きだからって、紅茶くらいでふてくされたりはしない。
そもそももらいものだし、自分で譲ったのに。
軽口の調子で笑うと、郁実もくすりと笑った。
だけどすぐに眉を下げる。
「そうだけど、そうじゃなくて。あの人にもらったものだから……」
「あ、それは」
もしかして、わたしが柊先輩のことをどう思っているのか気にしているのかな。
正直、自分自身でもよく分からないけれど、確かに言えるのは────。
「関係ないよ、わたしにとっては」
知らなかった先輩の一面を目の当たりにした気がして、これからは紅茶を見るたび複雑な思いに苛まれそうだったけれど。
郁実のお陰でそんな象徴じゃなくなった。
「そっか、よかった」
彼は紅茶のペットボトルを受け取りながら頷いた。
はにかむその表情を見ただけで、意識がぜんぶ攫われる。
この瞬間に浸っているのが嬉しくて、くすぐったくて心地いい。
そんな人、ほかにいないから。
それくらい、わたしにとって彼の存在感はどんどん大きくなっていた。
きっともうあと戻りできない。
だから、ただ必死で祈った。
郁実と一緒に明日を迎えたい。
あんな惨劇なんて知らないまま“今日”を越えるんだ。
わたしが絶対にやり遂げてみせる。
来るはずだった当たり前の未来を取り戻す。
そんな覚悟が、強まっていく。
(……わたしも、郁実に伝えたいことがあるから)



