そう言った先輩の手にあるのは、ペットボトル入りの紅茶だった。
蓋を緩めてから差し出してくれる。
「いいんですか? でも……」
「もちろん。お菓子じゃなくて申し訳ないけど。春野さん、これよく飲んでるよね」
確かにわたしはその紅茶が好き。
だけど、そんなに見られていたなんて、と戸惑ってしまう。
「……実を言うと、もともときみにあげようと思って買ったんだ」
「え?」
予想外の言葉に驚いて顔を上げる。
はにかんだ柊先輩の表情は、いつになく照れくさそうに見えた。
「喜んでくれるかなって。そうすれば、会う口実にもなるし」
言葉を忘れて固まるわたしの手を、彼はそっと優しく取った。
紅茶を持たせるとひときわ甘く笑う。
「花菜ちゃんは特別だから」
淡い予感を誘うようなひとことを残し、返事もお礼も受け取ることなく階段を上っていってしまう。
どきどき騒ぐ鼓動が憎らしかった。
おさまれ、おさまれ、と言い聞かせながら息をつく。
(どういう意味……?)
わたしが特別なわけじゃないって、からかわれているだけだって、“昨日”思ったところだったのに。
思わせぶりどころじゃない。
あえてだとしても無自覚だとしても、なんて罪深いんだろう。
教室に戻る頃にはすっかり冷静さを取り戻していた。
神経質な危機感を煽られ、無意識に郁実の姿を探す。
けれど、室内のどこにも見当たらない。
(どこ行ったんだろう。まさか、もう……ってことはないよね?)
今日のこの時間、郁実はどこで何をしているんだろう。
“昨日”は気にかけることもなく友だちと過ごしていたから、彼が教室にいなかったことも知らなかった。
どうしよう、と気持ちが焦る。
郁実を捜しにいくべきだろうか。
何となく胸騒ぎがして落ち着かない。
あれこれ考える前に、気づいたら足を踏み出していた。
いまこの瞬間にも郁実に何かあったら────。
「……わ」



