「あっ、あの、これはその……」

「かわいそうに。誰かに騙されたの?」

「ええ、まあ……もう死ぬまでこのまま塩漬けするしかないと思ってます」

「あはは。君、深沢さんだよね?」

「はい」

「俺のこと、憶えてる?」

「えっ?」

顔を近づけてまっすぐに見つめる俺を、彼女はさっぱり何のことかわからないという顔をして見ている。

「大阪本社から異動してきた入谷さんですよね? 今日の朝、営業二課で会いました」

またまたあ。ほんとかわいいんだから。

「それもそうだけど、もっと前」

彼女が俺の顔をまじまじと見る。大人の女性になってはいるけれど、あの頃の彼女と変わってはいない。

さあ! 10年以上ぶりに会う俺に、君はどんな言葉をかけてくれるの!?

「どこかでお会いしてましたっけ?」

えーっと、彼女なりの照れ隠しとか? ノリの悪い男と思われてはいけない。 

「えー! 憶えてないの? 酷いなあ」

「すみません、ちょっと思い出せなくて」

「じゃあ、思い出すまで教えてあげない」

俺は彼女の「冗談ですよ」的な回答を期待していたが、彼女の顔つきは神妙なままだ。

「あの、本当にごめんなさい。失礼を承知でどこで会ったか教えてもらえませんか?」

え? この感じ、マジで憶えてないとか? 

「だーめ」

動揺を悟られないよう敢えておどけてみせる。

「どこで会ったか気になる?」

戸惑う彼女の顔を覗き込む。戸惑ってるのは俺の方だけど。

「はい! ヒントください」

「じゃあさ、ヒント欲しいなら今夜付き合って」

「え?」

「飲みにいこうよ」

俺の誘いに彼女は乗ってこないどころか、どう断ろうか思いあぐねているようにみえた。

すると、俺のスマホの通知音が鳴った。