アーサ王子の君影草 下巻 ~約束の箱庭にて、再び~

 スズランの世界は、ひと瞬きの間に二つに割れてしまったのだ。
 両親を知らなかった空白の時間が、一度に押し寄せて胸を締めつける。父や母の愛という言葉に手を伸ばすたび、それは霧の様に形を持たなかった。なのに──アスセナスやリリィオスというその名が、初めてその霧に明確な輪郭を与える。だが同時に、足が震えそうになる。

「わたしに……そんな運命が、背負えるの?」

 そして、誰にも聞こえない様に胸の奥で小さくつぶやく。

 ───ママ。わたしは……逃げずに強くなれるの?

 言葉が胸の中でほどけず、ただ震えるまつ毛がこぼれそうな涙を必死で堪えている。それは悲しみとも驚きともつかない、でも──ようやく居場所の形が見えた、そんな微かな安堵だ。
 胸に押し込んでいた「捨てられた」という痛みが
静かに崩れていくのが、自分でもわかった。
 しかし同時に、自分が世界の危機を招く鍵だという事実が細い肩に重く落ちる。

「どうして……わたしなんだろう……」

 喉の奥で漸く震える呟き。
 
 皆が黙り込み、どんな言葉をかけていいのか分からずに躊躇っている。
 そんな中、スズランを見つめるラインアーサの瞳には色々な感情が重なっていた。
 やはりそうだった──と、ずっと信じていた気持ちが正しかったと言う確信。でもそれ以上に、彼女一人にこの世界の運命を背負わせたくないと言う強い願いが、静かに奥底で燃えている。