君は、狂愛の檻の中 ~偽りの君に恋をした~



「………妹ちゃんはさ、戻りたいとか思わないの?”保護者会”に」

「────」


男が何でもないみたいに言ったその一言に、由良がぴたっと止まった。

………なんだ?


空気が一瞬だけ、街の喧騒から切り離されたみたいに感じる。

由良はすぐには振り返らない。

少しだけ間を置いてから、消えそうなほど小さな声で言った。



「………じゃあ、逆にさ。そっちは戻れるとでも思ってるの?」


その声音は静かだった。


別に怒っているわけでも、責めているわけでもない。

ただ、事実を確認するみたいに淡々としていて──だからこそ、余計に重かった。



男の方が一瞬だけ言葉を止める。

由良はそれ以上何も言わない。
視線だけが、さっきまで見ていたクレープ屋の向こうへとずれていく。


そこにあるのは“今”じゃない。

戻れないと分かっている場所の残像だけが、静かに滲んでいる。


「………それは、」

「戻りたいとか、戻りたくないとか……そういうことじゃなくて、”戻れない”の。私がなにかを望んでも現実は変わらない」


苦しそうに、でもどこか。
自分に言い聞かせるように───。


「それに、今は……………」

ぽつりとつぶやいた由良。



そんな由良をジッと男が見つめる。

特に追い打ちもせず、ただ小さく息を吐いて、肩をすくめる。




「そっか」


返した言葉はそれだけだった。
そしてすぐに、いつもの軽い調子に戻る。


「でもさ〜、あの頃のキミたち、ほんとバカだったよね。五人でさ」

「……バカって言わないで」


由良が小さく返す。

その声に、ほんの少しだけ昔の色が混じる。

男は笑った。



「いや事実でしょ、“保護者会”とか呼ばれてた時点でさぁ。なんかもう、名前からバカっぽい」


その名前が出た瞬間、由良のまぶたがわずかに揺れる。
でも、それ以上は何も言わなかった。



ただ、ほんの少しだけ遠くを見るように視線を落とす。

戻りたい、とはもう言わない。


………けれど、完全に否定することもできない顔だった。


「……その名前で呼んでるのは湊(ミナト)くらいだよ。それか、ナツさんか」