君は、狂愛の檻の中 ~偽りの君に恋をした~



前髪を払った、その先。

そこにあったのは、俺と同じ“男”の顔なんかじゃなかった。


月明かりに透けるほど白い肌。
小刻みに震える長い睫毛。

そして、その奥で揺れている、涙をたたえた茶色の瞳。


あまりにも深くて、あまりにも綺麗で。
一瞬、呼吸の仕方を忘れるほどだった。

ドクン、と心臓がうるさい音を立てる。
全身の血が、一気に頭へ逆流したみたいに熱い。



「…………なんで、隠してた」


やっとのこと低く絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。


夜の潮風に流されていく言葉。
それでも、掴んだ肩の感触だけはやけに鮮明だった。


……細い。
想像以上に。

そして、確かに“男のそれ”とは違う、柔らかくあたたかい体温。


男だと思っていた。
ずっとそう思っていたはずだった。

なのに、目の前の現実はそれを簡単に裏切ってくる。



「…………」

「………お前、これ、誰か他に知ってんのか」

「…………」


問いかけても、返事はない。

いや、返事なんてどうでもよかった。
ただ、頭の中が追いついていない。


月光に照らされたその顔は、息を呑むほど整っていた。

白い頬。
長い睫毛の影。
そして、濡れた瞳だけが、やけに生々しく揺れている。


綺麗だ、とか。
そういう言葉じゃ足りない。

もっと質の悪い衝撃が、胸の奥を容赦なく殴っていた。


(……なんだ、これ)


今まで“地味な男”として見ていたはずの存在が、一瞬で、別のものに書き換えられていく。


目を逸らせない。
逸らしたくないのに、息が詰まる。

──混乱しているのか、理解しているのかすら分からない。


ただひとつだけ確かなのは、

今この瞬間から、“由良”という存在の見え方が、もう元には戻らないということだった。



グッと、無意識に力が入る。



「────おい、」