「……そんな顔、しないでください」
ぽつりと呟かれた声は、驚くほど低く、冷ややかだった。
由衣はゆっくりと顔を上げると、感情の消えた瞳で俺たちを真っ直ぐに見据えた。
「話しておいてなんですけど、これは私たちの問題です。──みなさんには、何の関係もありませんから」
ぴしゃりと言い放たれた言葉が、静まり返った室内に冷たく響く。
その言葉が耳に入った瞬間、ドクン、と心臓がイヤな音を立てた。
───今のは、明らかな線引きだ。
精神的に追い詰められている人間が、これ以上他の人に深入りされないようにするための。
「今の話を信じようと信じまいと、これからどうしようと、それは蓮さんたちの自由です。私たちにそれを制限する権利はありません。」
淡々と、まるで事務連絡をするかのように言葉を紡ぐ由衣。
だけど、服の裾を握りしめる彼女の指先は、白くなるほど強張っている。
「……でも、これだけは言っておきます。”これからの行動には十分気を付けてください”」
祈るような、あるいは懇願するような、微かな声の震え。
関係ないと言いながら、最後の最後で俺たちの安全を願わずにはいられないーそんな彼女の歪な優しさが、俺の胸を痛いほどに締め付けた。
聞いてしまったという事実はもう変えられない。
───由衣がウソをつくとは考えられないし……たぶん、話の内容もほとんどが事実だ。
───でも。
俺たちはほんのついさっき話を聞いただけで、由衣たちと同じ側に立ってしまった。
ふと、”共犯”の二文字が頭をよぎる。
本当に話を聞いてしまってよかったのか──後悔より先に押し寄せたのは、驚きだった。
由衣が今まで隠していた”闇”の部分にも、もちろん驚いた。
でも、それよりも。
その”闇”を抱えたまま、由衣がどれほど長い時間を生きてきたのか。
……その孤独と苦しさの深さに、おもわず言葉を失った。
「…………ずるいな」
「えっ?」
────気付かぬうちに、心の中の声が漏れていたのかもしれない。
黙って膝の上できゅっと手を握っていた由衣が、俺の声に反応してパッと顔を上げた。



