湊は、ふと時計を見上げた。
「あ、やば」
わざとらしくもない、ただの思い出しみたいな………ゆるめのトーン。
「そろそろ戻らないと怒られるわ」
「……怒られる?」
由良が小さく聞き返す。
湊は笑いながら肩をすくめた。
「休憩終わり。店長こわいからさ」
軽い冗談みたいに言っているけど、本当に行かなきゃいけない時間なんだろう。
「じゃ、またね」
そう言うと、湊は手をひらひら振ってそのまま雑踏の方へ戻っていった。
背中はすぐに人の流れに紛れていく。
さっきまでの存在感がまるで嘘みたいに、あっさり消えた。
……残された。
俺と、由良だけがその場に立っている。
街の音が一段戻ってくる。さっきまで三人だったことが、少しだけ遠く感じた。
「……行きましょうか」
由良が小さく言った。
さっきの話を引きずるでもなく、切り替えるでもなく。ただ“戻す”みたいな声だった。
「カフェ、近いし」
そのまま歩き出す。
俺もそれに合わせて、隣に並ぶ。
けれどさっきまでの“誰かが間にいた空気”が消えた分、妙に距離が近く感じた。
隣を歩く由良は、何も言わない。
でもさっきよりも少しだけ、表情が静かだった。
…………あの男がいなくなっただけで、こんなにも違うのかよ。
そう思ってしまった自分が、少しだけ嫌になる。



