「帰ろー、零夏ーっ!」

明るい千春の声に顔を上げる。

「うん……そうだね、早く帰ろう!」

通学路、下校時間には沢山の人がごった返している。

そんな中、一人の女子が目立っているのが分かった。


あの子だ…………穀野くんの彼女って。


「ねぇ(けん)〜。今日小テストめちゃボロボロだったぁ〜っ!サイアクぅー」

腕をからめて上目遣いをするその女子。

穀野くんの彼女のはずなのに……。


「あー、いるよね〜公共の場でいちゃつくカップル」
特になんとも思っていなさそうな千春に、意図せず泣きそうになってしまう。

千春が好きな相手も、同じような人なんだよっ……。


そう言ったら千春はどう反応するだろう。

“そんなわけないじゃん!穀野くん彼女いないもん”なんて言って笑い飛ばせるだろうか。
ううん、そんなのはきっと無理で、絶対にひどくショックを受けてしまう。


「どしたのー」

千春の声に向けて、笑顔を返す。
「あ、ううん、なんでもないよ〜……」

「ふぅん、そっかー……で、えっと何話してたっけ……」

あからさまに怪しい私。
それを気にしていなさそうな千春に向けて、場を繋ごうと複雑な思いで言葉を紡ぐ。


「千春は、なんで穀野くんのこと好きになったの…………っ?」


「えー……前言わなかったっけ。まぁいいや……誰にも言わないでね?」

千春は首を傾げてそう前置きしつつ、話し始めた。

「えっと……すっごい万能でカッコいいのに、ちょっと抜けててそこが可愛くって。
モテモテって感じかなぁ……本当に女子にも人気でさ」

「へぇ〜……ちょっと妬いちゃったり、辛くなったりしないのっ?」

「ないよ〜、そんなこと」



明るく可笑しそうに笑う千春の笑顔を見て、ふと私は、なにかに思い当たった。

でも不確かで、三歩歩けば忘れてしまいそうなほど小さな考え。

でも、もっと確信が持てれば……私は、言ってしまうかもしれない。



千春が、穀野くんを好きになったのは…………本気じゃないのかも、って。

恋をしたことがない私にはよく分からないけど。


好き、っていうのは……もっと苦しいはずだもん。


たとえ恋情(れんじょう)でなく友情でも。

千春が他の子と話してて、話しかけられなかったら……私は少し切なくて、寂しい。

だから。



本当に偏見だけど、私は。



―――友情より楽な恋なんて…………ないんじゃないかなって、思ったんだ。

だって、恋は……相手がたった一人に絞られていて、友情より長く、一生続くべきものだから。



「ねぇ千春……」


……その恋は、本当に本気なの?




声をかけてから、千春のきらきらとした笑顔に、軽々しい考えだな……と反省して口をつぐむ。


「ごめん、なんでもない」




「もう!零夏ってば そればっかりー!」


あははっ、と笑う明るいその声で…………私は、自分の虚しい考えを打ち消したんだ。