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 悪夢を見ずに、ぐっすりと眠れたのはいつぶりだろう。

 いつも何かに追いかけられる夢を見て、汗をかいて目を覚ますことが常だった。


 けれど、今日だけは違ったみたい。

 カーテンの隙間から差し込む朝日に、体が自然と目を覚ました。



 「(あれ、私、そういえば……)」


 父に許可を取らない、はじめての外泊だった。

 大きなキングサイズのベッドに、肌触りのいいシルク生地のシーツと、ほどよく体が沈む気持ちのいいマットレス。

 心地の良い重圧感を与えてくれる羽毛布団に、ブラウンを基調とした寝室の内装までもが素敵な空間の部屋だった。



 ここはいったい、どこのホテルだろう。

 確か、私は初めて行ったバーで閉店時間まで眠っていて、それから──。

 まだ若干アルコールが抜けきっていない重たい体をそっと起こして、昨夜のことを思い出しながら改めてこの部屋を見渡したとき。





 「……違う。ここ、ホテルじゃない」

 部屋のあちらこちらにホテルにはないはずのものが散見された。


 ベッドの隣に置いてあるチェストには男性ものの腕時計が置かれていて、壁に向かって備え付けられているデスクには帽子とどこか見覚えのある黒色のジャケットが雑に投げ置かれている。

 そして頭上にあるベッドフレームの物置スペースには、お水が入ったコップと薬が用意されていた。『目が覚めたらこれ飲んで』という手書きのメモとともに。