「なっ!なにそれ!!」

 「かなり好きだから仕事が終わったら毎日会いに行ってるし、会話するのも楽しいし、彼女のためならなんだってしたくなるんだよね。もうその辺の女じゃ到底満足できないくらいゾッコンなわけ」

 「……ひ、ひどい」

 「ねぇ、分かってくれた?だから誰にも邪魔されたくないわけ」




 初めて見る、冨羽さんの怒った姿。

 少し口調が荒っぽいところも、強引に何かをする様子も初めて目にした。



 きっと、そのくらい婚約者のことを愛しているのだろう。

 そんな彼の様子を見て、私は心のそこから羨ましいと思った。

 こんなふうに未来の奥様のことを愛しているなんて、素敵なことだ。




 そのときふと、自分の婚約者のことを思った。



 私の婚約者は、いったいどんな人なのだろう。

 彼がどんな人なのか、名前も顔も知らないのだから当然想像すらつかないけれど、目の前でこれだけ率直に「好きだ」「愛している」と告げている冨羽さんを見て、自分にはまったく別の世界のように思えた。


 なんの取り柄もなく、ただ父の言いなりにしかなってこなかった私が、あんなふうに愛されるわけがないじゃない。

 きっとすぐに愛想を尽かされてしまうに違いない。





 「(私、今日にでもこの家を出ないと──)」

 これ以上、ここにいてはいけないと思った。


 冨羽さんに抱いたこの感情は、今すぐ捨てないといけない。

 このまま彼に恋心を抱いてはいけない。


 婚約者のことをここまで愛していると言った人に、私との未来なんて一ミリもないのだから。

 それに何よりも、冨羽さんと奥様の間を邪魔をしたくない。


 あと三日でタイムリミットである一ヶ月が経過する。

 タイミング的にも今が潮時だ。



 「あっそ!もう翼のことなんて知らない!アンタとなんてもう一生遊んでやんないんだからね!」

 「……ごめんね、莉亜」

 「あ、謝んないでよこのタラシ!翼の幸せなんて絶対祝福しないから!それにあたしのことをその辺の女扱いしたこと、後悔させてやる!」


 完全に冨羽さんに打ち負かされた莉亜さんは、顔を真っ赤にしながらこの家を出て行った。

 バタンッと家に振動が走るほどの強さで玄関を閉めて帰ったあとの、二人きりになった空間はものすごく静かだった。




 「千代ちゃん、ごめん!いきなり知らない人が来てビックリしちゃったよね」

 「翼さん、私、今日この家を出て行きます」