仕事へ向かったはずの冨羽さんが、息を切らしながら帰って来た。



 「冨羽さ──」

 「翼!もう、どこに行ってたのよ!」


 私の声を遮るように、それまでソファに転がっていた彼女はすぐさま体を起こして冨羽さんに飛びついた。

 ギュッとハグをするその様子を、私はそっと視界から逸らした。




 「莉亜、その鍵返してもらえる?今はこの家、俺だけのじゃないから」

 「……何それ。どういう意味よ」

 「言わなくても莉亜ならもう察してるでしょ?」


 莉亜さんと呼ばれた女性は、テンションの変わらない冨羽さんに不満を露わにしながら体を離した。

 そして斜めがけにかけていた高級ブランドのショルダーバッグの中から、この家の鍵を取り出した。




 「ねぇ、翼ってば最近全然みんなの集まりにも顔出さなくなっちゃったし、どうしちゃったわけ!?」

 「ほら、鍵」

 「やだ!答えるまで返してあげない!もしかして結婚するから落ち着く、とかいうわけ!?翼らしくないじゃん!」


 腕をヒョイッと上に上げて手に持っている鍵を返す気のない莉亜さんに、彼は小さくため息を落とした。

 そして次の瞬間、莉亜さんに急接近した冨羽さんは彼女を壁に押し倒すようにしながらその高い身長で強引に鍵を奪い取った。





 「──そうだよ。俺、今未来の奥さんのことめちゃくちゃ好きなんだよね」