途端、頭の中が真っ白になった。
予想もしていなかった彼女の発言に、だんだんと目の前の視界が狭くなっていって、呼吸が浅くなっていく。
「(……冨羽さんに、婚約者がいる?)」
冨羽さんが女性からモテることは十分に分かっていたし、理解もしていた。
これだけ立派な立地にマンションが借りられるほどの資産を持っている経営者で、あれだけ気遣いができて、根の優しい冨羽さんのことを、周りの女性たちが手放すわけがないと思っていた。
けれど、まさか婚約者がいるなんて思いもしなかった。
だとしたらどうして私を家に入れたの?どうして毎日ここへ帰ってくるの?
「でも翼、最初から結婚には興味ないって言ってたし?今だってアンタみたいな女を家にあげてるみたいだし?」
「……」
「これからもあたしとだって遊んでもらえるはずよね〜」
「……っ」
「だからこっそり預かってたこの家の鍵で翼のこと連れ出そうと思ったのにさぁ?」
「翼ったらどこに行ったのよー!」とソファに寝転がりながらスマホを操作しはじめた彼女の様子を、私はただ黙って立ったまま見ていた。
……いいや、ここに立ち尽くすことしかできなかった。
冨羽さんって、何者なんだろう。
彼が私のことを詮索してこないように、私も冨羽さんのことは何一つ聞かなかった。
友達でもない、恋人でもない、ただの同居人という関係はあまりにも脆い。
もしも不躾な質問をしてしまったら……。気を悪くさせてしまったら……。そう思うと彼のことは何も聞けなかった。



