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《翼SIDE》
秋森千代という女性を家に泊めることになった。
とはいえ都内にあるあのマンション以外にも数軒別宅を持っている俺からすれば、あの家を貸すこと自体どうってことはない。
「(……あれ、千代ちゃん出かけてる?)」
「翼、お前また家に誰か泊めてんの?」
「なんで?」
「だって、これ……」
小学生のころからの親友であり、今は俺の会社の役員兼運転手として一緒に働いてくれている陽介が、千代ちゃんと暮らしているマンションに入るなりリビングの机を指差しながらそう言った。
そこにはおにぎりに卵焼き、きゅうりの漬物に里芋の煮付けという和食の代表のような朝食が置かれてあった。
丁寧に一つずつラップで巻かれていて、ひっくり返された汁椀の横には綺麗な字で書かれたメモが置かれている。『お味噌汁は冷蔵庫の中に冷やしてあります。もしよければ温めて召し上がってください』と。
「翼〜、もしかしてまた女の子を家に泊めたな?」
「まぁね。でも今回はいろいろあんの」
「翼のお人好しも大概にしとかないと、いつか痛み目に遭うぞ?」
呆れたようにそう言った陽介は、千代ちゃんが作った料理をまとめてキッチンへ運んだ。
そして豪快にラップを外しながらそれらを流し台へ捨てようとしたところを、俺は無意識に陽介の手を掴んで止めていた。
「──陽介、ストップ」
「なんだよ、翼は昔からこういう他人の手作りは苦手だっただろ?」
「……まぁ、確かにそうなんだけど」
「じゃあ捨てる以外ないだろ?食べないのに取っておくのか?」
「これは捨てないでおいてくれる?俺があとで食べるから」
「え?」
「あ、それからさ。俺、今度から当分の間このマンションに帰るようにするから。だから陽介もそのつもりでよろしくね」
「お、おいおい翼?お前どうしちゃったんだよ」
「──言ったでしょ?今回は〝いろいろ〟あるんだって」
陽介が目を点にしてこちらを凝視している様子を見て、俺はそっと微笑んだ。



