「──いいよ」

 「え?」

 「好きなだけ泊まってよ」

 「あ、あの、でも」

 「家も気にせず全部使ってくれて構わないよ」


 けれど、私の予想とは正反対に彼は二つ返事でそう言った。

 こちらの事情や現状を何も聞かずに、彼は快くこの家に泊まることを許可してくれた。

 「あの、本当によろしいんでしょうか」

 「うん、全然いいよ」

 「助かります。でも、その……」



 にっこりと微笑んでそう言った彼に、たくさんの疑問が生じていく。


 本当に私をここへ泊めていいの?

 私がどんな人間で、どんな事情があって家がないと言っているのか聞きもせず?

 もしかして、お金以外の対価を要求されてしまうとか?

 もしも彼が、悪い男の人だったら──。




 「あー。千代ちゃん今、俺のこと悪い男だと思ったでしょー?」

 「そ!そんなことありません!ただ……」

 「ただ?」

 「本当に、いいのかなって……。こんな見ず知らずの私を家に置いてくれるだなんて、絶対に断られると思っていましたから」

 「だって千代ちゃん、困ってるんでしょ?俺は昨日も言ったかもしれないけど、バーのオーナーをやっているからあまりこの家に帰ってこられないときもあるしね?だったら今困ってる千代ちゃんが使ってくれた方が何倍もいいじゃない?家賃だってバカ高いし、この家」



 そう言って、彼は私の元へやって来て、一枚の名刺を差し出した。

 そこには『キースグループ代表取締役 冨羽翼』と書かれてあった。


 「ちなみに、俺はそんな怪しい男じゃないから安心してね?あとで何かを請求したりする悪い男でもないから」

 「……!」

 「だから、俺以外の男の家に泊まるのは禁止ね?好きなだけここにいていいから、他の男に〝家に泊めて〟ってセリフもアウトだから。それだけ約束できる?」

 「な……っ!?わ、分かりました」

 「よろしい。じゃあ今日からよろしくね。千代ちゃん?」



 こうして、私と彼の奇妙な同居生活が幕を開けた。