「なぁに、千代ちゃん」
「あの、えっと……本当に不躾なお願いだってことは重々承知のうえ、なのですが」
「いいよ、なんでも言ってごらん」
「……しばらく、泊めていただけませんでしょうか」
とんでもないことを言っているということは、自分でもよく分かっている。
けれど、私にはもう他に手段がない。
この辺りのホテルに泊まれば、きっと父は様々な手を駆使して私の居場所を突き止めてくるに違いない。
高校生のとき、一度だけ父に黙ってお母さんに会いに行こうとして新幹線の席を予約すると、あの人は私にこう言った。
『明日は新幹線に乗ってどこへ行くんだ?』
『もしもお前の母親に会いに行こうとしているなら、俺は千代とあの女にも釘を刺さなければならなくなる』と。
父は遠回しにお母さんにも牙を向けるぞと脅しをかけて、どうにか私たちを会わせないように仕向けてくるような人だった。
あの男は決して私を逃さない。私のすべてを掌握しておかないと気が済まないのだ。
それはすべて、自分の事業のために、自分の理想の家族像というものを守るために、どこまでも私の自由を奪い続ける。
「もちろん家賃や生活費もお支払いします。家にいてはいけない日があれば外に出ています。だから、どうか……っ!」
必死で頭を下げながらも、心のどこかでは断られるだろうと予想している自分がいる。
こんな見ず知らずの、しかもバーで酔い潰れるような女を家に泊めるだなんて、もしも私が逆の立場だったら絶対に断っているはずだから。
もしもここを追い出されてしまったなら、次はどうしたらいいんだろう。
どうすれば、私は父から解放されるのだろう。



