解けない魔法を このキスで

その時、軽快なワルツの音楽が流れ始め、ホールの中央で社交ダンス講師の女性がパートナーと軽やかに踊り始めた。

「素敵! お城の舞踏会みたい」

美蘭は目を輝かせてダンスに見とれている。
その横顔に高良は見とれていた。

「私、生でダンスを見るなんて初めて。とってもお上手ですね。学生の時に実写版映画のシンデレラを観たんですけど、王子様とのダンスシーンがすごく印象的で。最初はちょっとはにかんで片手だけ繋いで踊っていたのが、だんだん息が合ってくると、ドレスが流れるようにふわっと広がるんです。それがもう息を呑むほど美しくて。目を閉じても残像が蘇るくらい。私もこんなふうに、いつまでも心に残る素敵なドレスを作りたいなって思いました」

柔らかい笑みを浮かべてそう語る美蘭を、高良は優しく見つめる。

やがてダンスを踊っていた二人がゲストを手招きして誘い、皆は笑顔で中央に歩み出た。
ダンスなんて分からないけど、楽しければそれでいい。
そんな雰囲気で誰もが楽しそうに、時にはおどけて踊っている。

「ふふっ、いいですね、アットホームな雰囲気で。あそこのおじいちゃんとおばあちゃん、可愛い! いくつになっても仲良く手を繋ぐって、憧れちゃうなあ」

美蘭はとろけたような表情で、うっとりと頬に手を当てている。
すると講師の女性が二人のもとにやって来た。

「副社長ったら、なにやってるの? こんなに綺麗なプリンセスを誘わないなんて。それでも男なの?」
「ええっ? まさか、副社長にそんなことは……」

慌てて止める美蘭に構わず、女性講師は高良と美蘭の腕を取ってホールの中央に促した。

「えっ、そんな、どうしましょう」

困惑する美蘭に、高良は右手を胸に当ててうやうやしくお辞儀する。

「私と踊っていただけますか?」
「あ、はい。私でよければ」

美蘭もドレスをつまんで膝を曲げた。

「でも私、踊れませんよ?」
「大丈夫。ここにいるみんなもダンスなんて分からない。楽しければいいんだよ」
「そうですね」

ようやく笑顔になった美蘭に、高良は右手を差し伸べ、左手は自分の腰の後ろに当てる。
恥ずかしそうに差し出された美蘭の左手を取ると、片手だけ繋いで軽くワルツステップを踏んだ。
美蘭も、高良の右手に導かれるように軽やかにステップを踏む。
だんだん慣れてくると、少しずつ身体の向きを斜めにした。
美蘭のドレスが波打つようにふわりと揺れる。

「まあ、綺麗ねえ」

年輩の女性がうっとり呟く声が聞こえてきた。

高良は徐々にステップの歩幅を広げ、美蘭と繋いだ手を大きく動かしていく。
美蘭の頭上で手首を返すと、美蘭はくるっと軽やかに回った。
ドレスが大きく美しく広がり、見ていた人達から感嘆のため息がもれる。
いつの間にか皆は踊るのをやめて、高良と美蘭の為にスペースを空けていた。

初めはぎこちなかった美蘭も、いつしか楽しそうに軽やかに踊っている。
くるりと回ったあとに満面の笑みを向けられて、高良は思わず左手で美蘭のウエストを抱き寄せた。
美蘭も高良の肩に右手を載せる。

身体を密着させたまま、更に大きく大胆にステップを踏んでいく。
美蘭が自分を信頼して身体を預けてくれているのが分かり、高良は美蘭をグッと自分の身体と密着させた。

「ふふっ、楽しい」

そう言って視線を上げた美蘭と見つめ合う。

(彼女を手に入れてみせる、絶対に)

高良は込み上げる愛しさを感じながら、そう心に決めた。