「はあ、ぽかぽか陽気で気持ちいいね。海も穏やかだし、最高ー!」

大きな声で海に向かって叫ぶ未散に、美蘭もあはは!と笑う。
岩場に座って水平線を眺めながら、美味しいホットサンドを頬張った。

「なんか平日の昼間からこんなにのんびりしちゃって、いいのかな」
「いいに決まってる! だって美蘭、昨日の挙式の為にドレスの手直しがんばったんでしょ?」
「あ、そうだったね」
「まーたそんな、他人事みたいに。どうせ美蘭のことだから、時間も忘れて没頭したんでしょ。終電間に合ったの?」
「それがさ。色々あって『プラージュ横浜』のペントハウスに泊めてもらったの」

そう言うと、未散は「は?」と妙な声を上げて固まった。

「未散ちゃん、ホットサンドこぼしちゃうよ」
「いやいや、待って。ペントハウスに泊まったってなによ?」
「あ、ペントハウスっていうのは、ホテルの最上階にあって……」
「そこじゃない! それって誰かの住まいってことでしょ?」
「そう。顔面偏差値は高いんだけど怒ると大魔王みたいな形相で仁王立ちする、新海ホテル&リゾートの副社長」

は?と、未散はまたしても素っ頓狂な声を出す。

「み、美蘭。情報量が多すぎ。顔面が、大魔王で? えっと、仁王立ちする……副社長ー?」

自分で言いながら途中で驚きの余り仰け反る未散に、美蘭は「大丈夫?」と顔を覗き込んだ。

「美蘭! 副社長のペントハウスに泊まったの? ほんとに副社長だったの?」
「そう。名前もちゃんと新海さんだったよ」
「新海さんって、モデル並みにスタイルが良くて、俳優顔負けの若きイケメン御曹司って噂の、あの副社長?」
「え、そんな噂あるんだ。コワモテイケメンとかじゃないの?」
「噂はどうでもいいから! どうやったらその副社長の部屋に泊まることになるのよ?」
「うーん、不可抗力で」
「は? どういうこと?」

未散はグッと美蘭に顔を近づけて詰め寄る。

「未散ちゃん、近いよ。チューしないでね」
「しないわよ! それよりなによ、その不可抗力でって」
「だってドレスの手直ししたあと、寝落ちしちゃったんだもん。で、気づいたら朝だったの」
「あー、そういうこと。想像つくわ。美蘭、ドレスの横で力尽きてバタッて倒れてたんでしょ。いつもみたいに」
「うん。作業するには広いスペースが必要だからって、副社長がリビングを使わせてくれてたの。宿泊用には別の客室を用意してくれたんだけど、移動する前にバタッとね」

なるほど、と未散は頷く。

「でも浮いた噂の1つもない、クールで硬派の新海副社長が自宅のリビングを使わせてくれるなんて。なんだか信じられない」
「ほんとに本人だって。名刺ももらったし……。あ、違う。断ったんだった」
「はあ? 名刺を断って受け取らなかったの? 美蘭、なんて失礼なことを」
「そうだよね。大変! お詫びのメール送っておかないと。って、だから連絡先分からないんだった」

未散は呆れたようにため息をついた。

「美蘭って、ドレスのこと以外はプシューッてガスが抜けちゃうよね。しぼんじゃってダルンダルン。見た目いい女なのに、ガッカリ」
「ちょっと! なによ、ダルンダルンって。ちゃんと仕事出来ますよーだ。今度『プラージュ横浜』に行く時に、副社長にご挨拶しておくもん」
「でもプラージュにドレス持ち込みの挙式、しばらくないわよ」

うっ、と美蘭は言葉に詰まる。

「仕方ない。『フルール葉山』の支配人さん経由でご挨拶しておくわ」
「わーい。未散ちゃん、ありがとう!」
「やれやれ。いつものことですよー」

そのあとも二人でおしゃべりを楽しんだ。