1年が経った頃、リゾートホテル『フルール葉山』から提携してほしいと連絡がきた。
断ったが「せめてお話だけでも」と何度も説得され、本当に話を聞きに行くだけだというつもりで美蘭は未散と『フルール葉山』に赴いた。
そこで美蘭はハッとする。
ロビーに足を踏み入れ、2階へと続く左右の大階段とガラスの向こうのガーデンを見た時に、一気に記憶の扉が開けたのだ。
(ここ、現実にあったんだ……)
確か10歳の頃だったと思う。
母親が旧友と葉山で会うというので、強引に美蘭も連れていかれた。
昔話で盛り上がる母親達の会話は3時間にも及び、場所が料亭だったことから、正座しているのも辛くて美蘭は疲れ果てていた。
「ごめんね、美蘭。お詫びにホテルの美味しいケーキ買って帰ろうか」
母親はそう言って、美蘭をタクシーに促した。
乗り込んだ途端にぐっすり眠ってしまった美蘭は、「着いたよ」と起こされて目ぼけ眼のままふらふらとタクシーを降りた。
そこにあの光景が広がっていたのだ。
深紅の絨毯が鮮やかな大階段。
緩やかなカーブを描くその途中に、純白のウェティングドレスに身を包んだ花嫁がいた。
ドレスのトレーンは流れるように階段いっぱいに広がり、隣に並ぶ愛する人と見つめ合うその姿は、大きなガラス窓から射し込む光を受けて眩しく輝いて見えた。
「わあ、なんて素敵……」
うっとりと呟き、その光景に見とれたのを覚えている。
「ここはおとぎの国なのね。初めて見たわ、プリンセス。とっても綺麗」
映画や絵本の世界にしかないと思っていた宮殿やお姫様。
それが実際にあるなんて……
「夢が現実になるところ。ずっとずっと思い出に残る、さめない夢が叶う場所」
そう母親に言い、後ろ髪を引かれる思いで再びタクシーに乗った。
そしてまたしてもすぐに眠ってしまい、駅に着いたと起こされて、電車で帰宅した。
(あれ? 夢だったのかな)
ガタンゴトンと電車に揺られながら、仕事帰りのスーツ姿の人や制服の学生達がいる車内を見て、ふとそう思った。
記憶の中に、まるでその部分だけ切り取ったかのように焼きついた美しいあの光景。
それはいつしか美蘭の本当の『夢』となり、ファッションの専門学校に進んだのだった。
(あんなふうに自分のドレスで女の子達をプリンセスにしたい)
その想いは今でも美蘭の原動力だ。
そして『フルール葉山』で話を聞くだけのつもりが、ぜひここで自分達のドレスを着てほしいという想いに変わり、初めてホテルと提携することにした。
都内の実家から葉山に引っ越してアトリエを構え、海外から生地を送ってくれる友人を正式にスタッフに迎えて、ブランド名を『ソルシエール』(魔法使い)と名付けた。
『フルール葉山』には定期的にいくつかのドレスを納品し、予約が入れば花嫁の体型に合わせて手直しをする。
その合間に、ホームページを通して個人的なオーダーメイドの依頼も引き受けることにした。
早速『フルール葉山』でドレスの予約が殺到するが、美蘭はどうしても挙式当日に立ち会うことにこだわり、日程がかぶる個人的な依頼は断らざるを得なくなる。
もちろんオーダーは日本各地から入る訳で、その度に挙式に立ち会うことは不可能だったが、関東なら出来る限り赴いた。
そうすると「1年先まで予約が取れないドレスブランド」として、思わぬ形でまた注目を集めてしまった。
新作のドレスを先月『フルール葉山』に納品したばかりで、これ以上増やすとまた予約がかぶってしまう。
だから敢えて今は、デザインを考えるクールダウンの時間にしていた。
のんびり海を眺めたり、散歩している時などに、良いデザインが思い浮かぶこともあるからだ。
「美蘭ー、ホットサンド出来たよ」
未散の声がして、物思いにふけっていた美蘭は我に返る。
「ありがとう! じゃあ、あったかいスープも持って行こうか」
「うん」
二人はホットサンドとスープジャーを籐のピクニックバスケットに詰めて、海に出かけた。
断ったが「せめてお話だけでも」と何度も説得され、本当に話を聞きに行くだけだというつもりで美蘭は未散と『フルール葉山』に赴いた。
そこで美蘭はハッとする。
ロビーに足を踏み入れ、2階へと続く左右の大階段とガラスの向こうのガーデンを見た時に、一気に記憶の扉が開けたのだ。
(ここ、現実にあったんだ……)
確か10歳の頃だったと思う。
母親が旧友と葉山で会うというので、強引に美蘭も連れていかれた。
昔話で盛り上がる母親達の会話は3時間にも及び、場所が料亭だったことから、正座しているのも辛くて美蘭は疲れ果てていた。
「ごめんね、美蘭。お詫びにホテルの美味しいケーキ買って帰ろうか」
母親はそう言って、美蘭をタクシーに促した。
乗り込んだ途端にぐっすり眠ってしまった美蘭は、「着いたよ」と起こされて目ぼけ眼のままふらふらとタクシーを降りた。
そこにあの光景が広がっていたのだ。
深紅の絨毯が鮮やかな大階段。
緩やかなカーブを描くその途中に、純白のウェティングドレスに身を包んだ花嫁がいた。
ドレスのトレーンは流れるように階段いっぱいに広がり、隣に並ぶ愛する人と見つめ合うその姿は、大きなガラス窓から射し込む光を受けて眩しく輝いて見えた。
「わあ、なんて素敵……」
うっとりと呟き、その光景に見とれたのを覚えている。
「ここはおとぎの国なのね。初めて見たわ、プリンセス。とっても綺麗」
映画や絵本の世界にしかないと思っていた宮殿やお姫様。
それが実際にあるなんて……
「夢が現実になるところ。ずっとずっと思い出に残る、さめない夢が叶う場所」
そう母親に言い、後ろ髪を引かれる思いで再びタクシーに乗った。
そしてまたしてもすぐに眠ってしまい、駅に着いたと起こされて、電車で帰宅した。
(あれ? 夢だったのかな)
ガタンゴトンと電車に揺られながら、仕事帰りのスーツ姿の人や制服の学生達がいる車内を見て、ふとそう思った。
記憶の中に、まるでその部分だけ切り取ったかのように焼きついた美しいあの光景。
それはいつしか美蘭の本当の『夢』となり、ファッションの専門学校に進んだのだった。
(あんなふうに自分のドレスで女の子達をプリンセスにしたい)
その想いは今でも美蘭の原動力だ。
そして『フルール葉山』で話を聞くだけのつもりが、ぜひここで自分達のドレスを着てほしいという想いに変わり、初めてホテルと提携することにした。
都内の実家から葉山に引っ越してアトリエを構え、海外から生地を送ってくれる友人を正式にスタッフに迎えて、ブランド名を『ソルシエール』(魔法使い)と名付けた。
『フルール葉山』には定期的にいくつかのドレスを納品し、予約が入れば花嫁の体型に合わせて手直しをする。
その合間に、ホームページを通して個人的なオーダーメイドの依頼も引き受けることにした。
早速『フルール葉山』でドレスの予約が殺到するが、美蘭はどうしても挙式当日に立ち会うことにこだわり、日程がかぶる個人的な依頼は断らざるを得なくなる。
もちろんオーダーは日本各地から入る訳で、その度に挙式に立ち会うことは不可能だったが、関東なら出来る限り赴いた。
そうすると「1年先まで予約が取れないドレスブランド」として、思わぬ形でまた注目を集めてしまった。
新作のドレスを先月『フルール葉山』に納品したばかりで、これ以上増やすとまた予約がかぶってしまう。
だから敢えて今は、デザインを考えるクールダウンの時間にしていた。
のんびり海を眺めたり、散歩している時などに、良いデザインが思い浮かぶこともあるからだ。
「美蘭ー、ホットサンド出来たよ」
未散の声がして、物思いにふけっていた美蘭は我に返る。
「ありがとう! じゃあ、あったかいスープも持って行こうか」
「うん」
二人はホットサンドとスープジャーを籐のピクニックバスケットに詰めて、海に出かけた。



