「え……?」

朝日が差し込む中、ゆっくりと目を覚ました美蘭は、次の瞬間驚いて目を見開いた。

「ちょ、なに? ここ、どこ?」

恐る恐る視線を動かしてみるが、見慣れない部屋にますます困惑する。

(待って、落ち着いて。思い出すのよ、夕べのことを)

己に言い聞かせて記憶の糸をたぐる。

(確か、ウェディングドレスの手直しをしていて、そろそろ部屋に引き揚げようと思ってまち針を外してたのよね。で、ようやく全部外して、ふうって肩の力を抜いたら……寝ちゃったのね)

そうに違いないと思い、身体を起こした。

(ってことは、新海さんが運んでくれたのかな。やだっ! 重いなーこいつ、とか思われたかも)

両手で頬を押さえつつ、ベッドから降りる。
服は着ていたブラウスとスカートのままだった。

(ジャケットと靴は新海さんのお部屋に置いてきちゃったのか。取りに行かないと)

そう思っていると、ふとホテルの客室にしては妙な感じがして部屋を見渡した。

(なんだかモデルルームみたい。広いし観葉植物もあるし……)

クローゼットを開けてみたが、ホテルのロゴが入ったスリッパなども見当たらない。

(えっ、ほんとにここはどこなの?)

いよいよ不安になり、美蘭はそっとドアを開けて顔を覗かせた。
ホテルの長い廊下が見えるはずが、どう見ても違う。

(ここって高級マンション? あ! 新海さんが言ってたメゾネットの2階か)

ようやく答えにたどり着いてホッとしつつも、さてこれからどうしたものかと頭を悩ませる。

(まあ悩んだところで、とにかく下りるしかないわよね)

仕方なく、廊下の端の螺旋階段をそろりそろりと下りていく。

リビングが見える位置まで来ると、ダイニングテーブルでコーヒーを飲みながらタブレットに目を落としている高良の姿があった。
ワイシャツの袖を軽くまくり、姿勢正しく髪型もピシッと決まっている。
朝から隙のない、いかにも仕事が出来る大人の男性という感じだ。

(あーあ、こっそり出て行きたかったのにな。もう、どんな顔して声かければいいのよ)

階段に座り込んでため息をついていると、ふいに高良が顔を上げてこちらを見た。

(やばい!)

慌てて顔を引っ込めてそそくさと階段を上がろうとすると、後ろから低い声が響いた。

「おい、こら。どこへ行く?」
「ひっ、あ、あの。ちょっと、そこまで」
「どこまでだよ!?」
「えっと、裏口から帰ろうかと」
「そんなのあるか!」

大きな歩幅で近づいてきた高良は、階段をトントンと上がって、あっという間に美蘭の前まで来た。
美蘭はじりじりと階段をお尻で上がりつつ、愛想笑いを浮かべる。

「あ、えっと、おはようございます」
「……おはよう」
「気持ちの良い朝ですね。ご機嫌いかがですか?」
「すこぶる不機嫌だ」
「あら、どうかなさいました?」
「夕べ頑固娘に手を焼いて、めっきり寝不足でね」
「まあ、それはそれは……」

苦笑いで視線をそらしたものの、整った顔立ちの高良は表情をぴくりとも変えずに立ちはだかっている。

(うっ、イケメンの真顔って迫力ある)

ついに美蘭は根負けして、素直に頭を下げた。

「あの、夕べは大変ご迷惑をおかけいたしました」
「まったくだ。何度言っても言うことを聞かないんだからな。挙げ句の果てには力尽きて寝っ転がってるし」
「失礼しました。そのまま放置してくださって良かったのに」
「ふうん。寝返り打って大事なドレスを引っ掛けても良かったのか? ベールによだれがついても?」
「よ、よだ……? それは困ります。あの、運んでくださってありがとうございました」
「分かればよろしい。ほら、朝食にするぞ」

ようやく声色を和らげた高良は、美蘭に手を差し伸べる。

大きな手でグッと引き寄せられて立ち上がると、すぐ目の前にたくましい高良の胸が迫って美蘭は頬を赤く染めた。

「早くおいで」

ポンと美蘭の頭に手を置いてから、高良はトントンと軽快に階段を下りていった。