「まだやることがあるのか? もう完成しているように見えるが」

ダイニングテーブルで向かい合い、運ばれてきたフレンチのコース料理を食べながら、高良はドレスに目をやって美蘭に尋ねる。

「はい。布を足したことで全体的なバランスが崩れてしまったので、微調整を重ねています」
「あとどれくらいかかるんだ?」
「分かりません。時間が許す限り、ギリギリまで粘りたいので」

高良は手を止めてフォークとナイフを置いた。

「……余計な口出しはしたくないが、あまりに度が過ぎないか? もっとビジネスを割り切らないと、君の身体がもたないぞ」
「ビジネス?」

ぴくりと眉根を寄せてから、美蘭も手を止める。

「割り切るって、どういう意味ですか?」
「そのままだよ。このドレスはもうこれで充分完成しているじゃないか。サイズも手直しされて、前より凝ったデザインになっている。あのお客様もきっと喜んでくださるはずだ。これ以上、なにをしようとしている?」
「完成している? 知ったようなこと言わないでください」

ピシャリと言い切る美蘭に、高良は面食らう。
誰かにこんなに強い口調で言い返されることなどなかった。

「ウェディングドレスは花嫁様が着てくださって、愛する人と一緒に笑顔で並んだ時に初めて完成するんです。幸せそうなお二人を見届けて、ようやく私のやるべきことは終わるんです」
「えっ、まさか君、自分の手がけたドレスは挙式当日に式場まで来て、見届けているのか?」
「もちろんです」

高良は言葉を失う。
そんなドレスメーカーは聞いたことがなかった。

「明日は私がここ『プラージュ横浜』で、もう一人のスタッフが『フルール葉山』で挙式を見届けることになっています。私か彼女か、必ずどちらかが当日お支度を整えて微調整をしています」
「そんなことを、今までずっと?」
「はい。これからもずっと」
「無茶な。せめてスタッフをもっと増やさないと。どう考えてもこの先無理になるぞ」
「大丈夫です。新作ドレスを作るペースを落とせば調整出来ますから」

思わず高良は、こめかみを指で押さえる。

「ちょっと待て、根本的になにかが違う。需要に応えて新作ドレスを作ることが、ドレスメーカーのやるべきことじゃないのか?」
「それなら、私達はドレスメーカーとは捉えていただかなくて結構です」

もはやなにも言葉が出てこない。
分かり合える気もしなかった。

「……とにかくもっと身体を労ること。明日の挙式は10時半からだ。今夜はここに泊まるといい。部屋を用意する」
「えっ、よろしいのでしょうか? ありがとうございます!」

美蘭はパッと笑顔を弾けさせる。
思わずドキッとして見とれていると、美蘭は続けてとんでもないことを口にした。

「良かった。それならまだ作業出来ますね」

そう言ってにっこり笑う。

「もうするな! 本末転倒だろ」
「えー、せっかく時間を気にせず続けられると思ったのに」
「それなら前言撤回だ。部屋は用意しない。今夜はもう帰れ」
「ええ? そんな……。泊まりたいです」

今度は拗ねたようにうつむく。
バリバリ仕事をこなすイメージだったのが、今は無邪気な子どものように表情を変える美蘭に、高良は不思議と目が離せなくなった。

「……それなら、あと少しだけ。区切りのいいところで終える約束だぞ」
「いいんですか?」

嬉しそうに目を輝かせて真っ直ぐ見つめてくる美蘭に、高良はやれやれと笑みを浮かべて頷いた。