「白石さん、入ります」

案の定ベルを鳴らしても返事はなく、声をかけてからカードキーをかざしてドアを開ける。

「え、ちょっと!」

部屋が真っ暗なことにまず驚き、高良は焦ってリビングに駆け込んだ。

「白石さん!」

すると大きな窓から差し込む満月の明かりの中、数時間前に見たそのままの状態で、美蘭がドレスに向き合っていた。

「明かりも点けずになにをやっている?」

高良はリモコンでシーリングライトを点けた。
パッと明るくなり、美蘭がビクッと身を硬くする。

「えっ、なに?」

驚いたように辺りを見渡し始めた。

「なに、じゃない。こんな暗い中で針を扱うなんて、危ないだろう」

そう声をかけると、ようやく高良の存在に気づいたようだ。

「新海さん? どうされました?」

はあ、と高良はため息をつく。
ふと視線を移すと、ダイニングテーブルに用意しておいたサンドイッチやドリンクが手つかずのまま置かれていた。

「君、いつ倒れてもおかしくないぞ」
「はい? いったいなんのお話ですか?」
「いいから、少し休め」

そう言って歩み寄り、手を引こうとすると、美蘭は「だめ!」と身をよじった。

「触っちゃだめです。この位置に針を打たないと」
「何時間そうやってる気だ?」
「何時間って、え? そんなに経ってますか?」
「当たり前だ! 見ろ、もう外は真っ暗だぞ」
「本当だ。今何時ですか?」
「8時45分」
「えー? いつの間に?」

やれやれと高良は再びため息をつく。

「早く針を刺して。そしたら休憩だ」
「あ、はい」

美蘭は手早く針を打つと、ようやくドレスから手を離した。