「副社長、大丈夫でしょうか。白石さんお一人で、果たして上手くいくのかどうか……」

ブライダルサロンのバックオフィスで、支配人が心配そうに高良にこぼす。

「信じて任せるしかないでしょう。我々が近くにいてもなにも役に立たない。かえって邪魔になるだけです」
「それはそうですが。せめて今どんな状況なのか、把握しておきたいのですが」
「把握したところで、だからどうだって話です」
「まあ、そうですね……」
「それより、手軽に食べられるサンドイッチやフルーツとドリンクを、ルームサービスで手配してください」
「あっ、はい! かしこまりました」

そそくさと支配人がオフィスを出て行くと、高良は大きくため息をついて椅子に背を預けた。
分かってはいるが、やはりドレスの手直しの進捗が気になってしまう。

(いや、信じて待つしかない。彼女が来てくれなければ、我々のなす術はなかったんだから)

それに、と高良は美蘭の印象を思い返す。
花嫁の前ではにこやかだったが、そのあとは一変して凛としたオーラが漂っていた。
必ずやってみせる、そう物語るような表情だった。

(ハイヒールを脱いで髪を結い直した時は、完全になにかのスイッチが入ったようだったし……。って、ん?)

頭の中でデジャヴのような既視感を覚える。
そしてふと、ある光景が脳裏に蘇った。

(そうだ、あの時のシンデレラ!)

1か月前『フルール葉山』の大階段を急いで駆け下りながら、脱げた靴を拾っていた淡いブルーの女性。
スラリと長い両手に真っ白な首筋。
髪をアップにしてティアラを飾った横顔は、気品があり美しかった。
そう、まるで本当のプリンセスのように。

(彼女が白石さんだったのか。ドレスの発表会で、自らモデルを務めていたんだろう。小さな会社で他に頼めるスタッフもいなかったんだな、きっと)

そう考えると、自ら靴を拾ったシンデレラが彼女らしいと思えてきた。

(王子様を待つような受け身ではなく、幸せは自分から掴みにいく。そんな感じがする人だ、彼女は)

知り合って間もないのになぜだかそう確信して、高良はふっと笑みを浮かべる。

その時、ジャケットのポケットでスマートフォンが震えた。
取り出してみると、支配人からの電話だった。

「支配人、どうかしましたか?」
『あ、副社長。今ペントハウスにお食事をお持ちしたのですが、どんなにベルを鳴らしても白石さんの返事がなくて。もしや中で倒れていたりしませんよね?』

そんなことはないとは思うが、返事がないのは気にかかる。
「すぐに向かいます」と答えて電話を切り、高良は立ち上がった。