松永先輩と付き合いはじめて最初の週末、マンションの屋上で星を見ようと誘われた。
先輩の住んでいるマンションの屋上は開放されており、先輩はよく屋上で星を見ているらしい。
日が沈んだ頃に待ち合わせして、先輩の住むマンションへとやって来た。
屋上にはいくつかベンチがあり、所々観葉植物などが置かれているおしゃれな場所だった。
「いいところですね」
「屋上が気に入ってこのマンションに決めたんだ」
ちなみに先輩の部屋には行っていない。
マンションに入ってそのまま屋上へ案内された。
屋上には既に先輩が準備していた望遠鏡が置かれている。
「今日はよく見えるよ」
促されるまま望遠鏡を覗いてみると、肉眼では見えないような星もはっきりと見えた。
「綺麗ですね」
「この時期は夏の大三角がよく見えるんだ」
先輩は星空を見上げる。
あれがベガ、アルタイル、デネブ、とひとつひとつ確認するように指をさす。
「先輩は本当に星が好きなんですね」
「まぁ、星も好きなんだけど。星が、というよりは宇宙が好きなんだよね」
「宇宙……?」
「宇宙ってさ、広いじゃない? じゃあどこまで広いんだろう、宇宙の果てってどうなっているんだろうって考えるんだよね」
「なんだか、スケールが大きいですね」
宇宙の果ての事なんて考えたこともない。
宇宙は広い、あの星はすごく遠い。星空が綺麗だ。
そんな小学生の空の観察のような感覚で夜空を眺めていた。
天文の勉強を始めたのもサークルに入ってからで、星座の名前や形を覚えるだけでも大変だった。
「この地球がある太陽系はわかるよね? その太陽系がある銀河が天の川銀河。その天の川銀河の中には太陽のような恒星が約一千億個あるんだ」
「一千億個……」
「そして宇宙には銀河が約二兆個あると言わているんだよ」
「そ、想像もつかないです」
「そんな宇宙の果てはどんな姿をしているんだろう、そもそも果てはあるのかってね……幸村さん、よくわかってないでしょ」
「はい……正直」
想像しようとしても頭が混乱して何もわからなった。
宇宙の果てなんて、私の人生の中で行き着くはずのない場所。
「サークルも、咲子ちゃんに誘われて入っただけで別に天文に興味があった訳ではないもんね」
「すみません……」
興味がなかったことを知られていたとは思っていなかったため、なんだかいたたまれなくなる。
「謝らなくていいよ。それでも一生懸命勉強してる幸村さんが健気で可愛いなって思ってた」
先輩からの不意の『可愛い』に顔がほてるのを感じて俯く。
不甲斐ないと思っていたけど、そんなふうに見られていたなんて。
あの頃は全くわからなかった先輩の気持ちを知って、嬉しくもあり、恥ずかしくもある。
「小さい頃さ、宇宙飛行士に憧れてた時期があったんだ」
「かっこいいですね。宇宙飛行士」
「でも、宇宙ステーションでは自分の尿をろ過して飲むんだって聞いて僕には無理だって諦めたよ」
「それは……私もちょっと抵抗ありますね」
子どもの頃から宇宙が好きだったんだな。諦める理由もなんだか先輩らしい。
他愛ない話がとても面白くて、子どもの頃のことも知れて楽しい。
私の知らないことをたくさん教えてくれる。
「こっち、来て」
望遠鏡の隣に敷いてあったレジャーシートに誘導されて、二人並んで寝転んだ。
先輩は空を見上げたまま、そっと手を握ってくる。
もう、避けたりなんてしない。
私もそっと握り返した。
「あの時も、こうしていれば良かったです」
「僕も、ちゃんと言葉で伝えていれば良かったって、あのあと後悔した」
あの時は凄く悲しかった。もう側には居られないと思うほどに。
それが今こうして先輩が触れてくれている。
幸せだと思った。
だけど、人はどんどん欲がでる生き物だ。
もし、キスがしたいですって言ったら先輩はどう思うのかな。
嫌がるのかな。気持ち悪いと感じるのだろうか。
私になら触れたいと思うと言ってくれた。
でも、それってどこまでだろう。
どこまで、触れてもいいのだろう。
唇と唇は触れても大丈夫ですか。
先輩の横顔を見ながら、まだそんなことを聞く勇気はないな、と口には出さなかった。
先輩はじっと星空を眺めていた。
「世界は広い、なんて言うけどさ。地球なんて宇宙の中では本当にちっぽけな星なんだ。そんな事考えてたら、ちっぽけな地球の中のちっぽけな自分ていったい何なんだろうって思えてくるよね」
おもむろにそんな事を言う先輩の声はどこか寂しげだった。
まるで自分の存在は些細なものなんだと言っているみたいだ。
宇宙の果てのことなんて考えている先輩はすごい。
でも、私にとっては今隣にいる先輩の存在が大きく、かけがえのないものだ。
「では、そんな広い宇宙の中の地球という同じ星に生まれて、こうして出会えたことは奇跡ですね」
先輩は空を見上げたままフッと笑う。
「幸村さんのそういうところ、好きだよ」
優しく握っていた手にぎゅっと力を込める。
「私も、先輩のことが好きです」
強く握られた手を、ぎゅっと握り返した。
この時間がずっと続いてくれたらいいのにと思った。
先輩の住んでいるマンションの屋上は開放されており、先輩はよく屋上で星を見ているらしい。
日が沈んだ頃に待ち合わせして、先輩の住むマンションへとやって来た。
屋上にはいくつかベンチがあり、所々観葉植物などが置かれているおしゃれな場所だった。
「いいところですね」
「屋上が気に入ってこのマンションに決めたんだ」
ちなみに先輩の部屋には行っていない。
マンションに入ってそのまま屋上へ案内された。
屋上には既に先輩が準備していた望遠鏡が置かれている。
「今日はよく見えるよ」
促されるまま望遠鏡を覗いてみると、肉眼では見えないような星もはっきりと見えた。
「綺麗ですね」
「この時期は夏の大三角がよく見えるんだ」
先輩は星空を見上げる。
あれがベガ、アルタイル、デネブ、とひとつひとつ確認するように指をさす。
「先輩は本当に星が好きなんですね」
「まぁ、星も好きなんだけど。星が、というよりは宇宙が好きなんだよね」
「宇宙……?」
「宇宙ってさ、広いじゃない? じゃあどこまで広いんだろう、宇宙の果てってどうなっているんだろうって考えるんだよね」
「なんだか、スケールが大きいですね」
宇宙の果ての事なんて考えたこともない。
宇宙は広い、あの星はすごく遠い。星空が綺麗だ。
そんな小学生の空の観察のような感覚で夜空を眺めていた。
天文の勉強を始めたのもサークルに入ってからで、星座の名前や形を覚えるだけでも大変だった。
「この地球がある太陽系はわかるよね? その太陽系がある銀河が天の川銀河。その天の川銀河の中には太陽のような恒星が約一千億個あるんだ」
「一千億個……」
「そして宇宙には銀河が約二兆個あると言わているんだよ」
「そ、想像もつかないです」
「そんな宇宙の果てはどんな姿をしているんだろう、そもそも果てはあるのかってね……幸村さん、よくわかってないでしょ」
「はい……正直」
想像しようとしても頭が混乱して何もわからなった。
宇宙の果てなんて、私の人生の中で行き着くはずのない場所。
「サークルも、咲子ちゃんに誘われて入っただけで別に天文に興味があった訳ではないもんね」
「すみません……」
興味がなかったことを知られていたとは思っていなかったため、なんだかいたたまれなくなる。
「謝らなくていいよ。それでも一生懸命勉強してる幸村さんが健気で可愛いなって思ってた」
先輩からの不意の『可愛い』に顔がほてるのを感じて俯く。
不甲斐ないと思っていたけど、そんなふうに見られていたなんて。
あの頃は全くわからなかった先輩の気持ちを知って、嬉しくもあり、恥ずかしくもある。
「小さい頃さ、宇宙飛行士に憧れてた時期があったんだ」
「かっこいいですね。宇宙飛行士」
「でも、宇宙ステーションでは自分の尿をろ過して飲むんだって聞いて僕には無理だって諦めたよ」
「それは……私もちょっと抵抗ありますね」
子どもの頃から宇宙が好きだったんだな。諦める理由もなんだか先輩らしい。
他愛ない話がとても面白くて、子どもの頃のことも知れて楽しい。
私の知らないことをたくさん教えてくれる。
「こっち、来て」
望遠鏡の隣に敷いてあったレジャーシートに誘導されて、二人並んで寝転んだ。
先輩は空を見上げたまま、そっと手を握ってくる。
もう、避けたりなんてしない。
私もそっと握り返した。
「あの時も、こうしていれば良かったです」
「僕も、ちゃんと言葉で伝えていれば良かったって、あのあと後悔した」
あの時は凄く悲しかった。もう側には居られないと思うほどに。
それが今こうして先輩が触れてくれている。
幸せだと思った。
だけど、人はどんどん欲がでる生き物だ。
もし、キスがしたいですって言ったら先輩はどう思うのかな。
嫌がるのかな。気持ち悪いと感じるのだろうか。
私になら触れたいと思うと言ってくれた。
でも、それってどこまでだろう。
どこまで、触れてもいいのだろう。
唇と唇は触れても大丈夫ですか。
先輩の横顔を見ながら、まだそんなことを聞く勇気はないな、と口には出さなかった。
先輩はじっと星空を眺めていた。
「世界は広い、なんて言うけどさ。地球なんて宇宙の中では本当にちっぽけな星なんだ。そんな事考えてたら、ちっぽけな地球の中のちっぽけな自分ていったい何なんだろうって思えてくるよね」
おもむろにそんな事を言う先輩の声はどこか寂しげだった。
まるで自分の存在は些細なものなんだと言っているみたいだ。
宇宙の果てのことなんて考えている先輩はすごい。
でも、私にとっては今隣にいる先輩の存在が大きく、かけがえのないものだ。
「では、そんな広い宇宙の中の地球という同じ星に生まれて、こうして出会えたことは奇跡ですね」
先輩は空を見上げたままフッと笑う。
「幸村さんのそういうところ、好きだよ」
優しく握っていた手にぎゅっと力を込める。
「私も、先輩のことが好きです」
強く握られた手を、ぎゅっと握り返した。
この時間がずっと続いてくれたらいいのにと思った。



