翌朝、菜月は早起きして準備をした。

「今日、圭介先輩に返事するやて」

鏡の前で何度も深呼吸をする。

「菜月ちゃん、頑張って」

未来が優しく微笑んだ。昨日の告白のことがあっても、変わらず菜月を支えてくれる。

「ありがとう、未来ちゃん」

「私、応援してるから」

その言葉に、菜月は涙が出そうになった。

◆大学の中庭で◆

昼休み、菜月は圭介にメッセージを送った。

『圭介先輩、お昼休み、中庭でお話できませんか?』

すぐに返信が来た。

『もちろんです。すぐに行きます』

菜月は中庭のベンチで待った。心臓がドキドキしている。

「菜月さん」

圭介が現れた。いつもより少し緊張した表情。

「圭介先輩、お待たせしました」

「いえ。あの、もしかして…」

「はい、お返事です」

菜月は深呼吸をした。

「あの、私…」

◆その時、佳乃が通りかかって◆

「あ、菜月ちゃん!」

佳乃が手を振ってきた。でもすぐに状況を察して、

「ごめん、邪魔した!」

と言って走り去った。

二人は少し笑った。緊張が少しほぐれた。

「あの、改めて」菜月が口を開いた。

「私、圭介先輩のこと、好きです」

圭介の顔がぱっと明るくなった。

「だから、お付き合い、させてください」

「本当ですか?」

「はい」

圭介が菜月の手を取った。

「ありがとうございます。僕、本当に嬉しいです」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

二人は見つめ合った。

「あの、菜月さん」

「はい?」

「これから、もっと菜月さんのことを知りたいです。方言のことも、故郷のことも、全部」

「はい、私もです」

「そして、僕は菜月さんの方言を研究したいわけじゃなく、ただ大切にしたいんです」

「分かってます」

菜月が微笑んだ。

「圭介先輩は、私のこと、ちゃんと見ててくれるから」

「ありがとうございます」

◆お茶部の部室で◆

放課後、菜月はお茶部に向かった。

部室に入ると、さくらが一人で座っていた。

「さくらちゃん」

「菜月ちゃん、お帰り」

さくらの笑顔は、昨日より少し自然だった。

「あのね、さくらちゃん」

「言わなくても分かるよ。圭介先輩とお付き合いすることになったんでしょ?」

菜月は驚いた。

「なんで分かったの?」

「顔に書いてある」さくらがくすっと笑った。

「おめでとう、菜月ちゃん」

「ありがとう、さくらちゃん」

「幸せになってね」

「うん」

さくらが立ち上がって、菜月を抱きしめた。

「私、菜月ちゃんの味方だから」

「ありがとう」

二人は抱き合った。さくらの目には涙が浮かんでいたが、笑顔だった。

◆その時、他の部員たちも到着◆

「あら、二人で何してるの?」麻美部長が入ってきた。

「菜月ちゃんがね、圭介先輩とお付き合いすることになったの」さくらが明るく言った。

「本当?おめでとう!」

「やったじゃない!」

部員たちが祝福してくれた。

「ありがとうございます」

「でも、部活は続けてくれるわよね?」真由が念を押した。

「もちろんやて!」

「良かった」

みんなで笑い合った。

◆練習中、さくらとの会話◆

お茶を点てながら、さくらが小声で言った。

「菜月ちゃん、私ね、まだ好きだよ」

「さくらちゃん…」

「でも、大丈夫。ちゃんと友達でいられるから」

「ほんまに?」

「本当。時間はかかるかもしれないけど、きっと乗り越えられる」

さくらの強さに、菜月は感動した。

「ありがとう、さくらちゃん」

「こちらこそ。菜月ちゃんといられるだけで幸せだから」

◆寮に帰って◆

「ただいま」

「お帰り」

未来が笑顔で迎えてくれた。

「未来ちゃん、あのね…」

「分かってる。圭介先輩とお付き合いすることになったんでしょ?」

「どうして分かったの?」

「顔を見れば分かるわよ」

未来が優しく微笑んだ。

「おめでとう、菜月ちゃん」

「ありがとう、未来ちゃん」

「幸せになってね」

「うん」

菜月は未来を抱きしめた。

「ごめんね、未来ちゃん」

「謝らないで」未来が菜月の背中をそっと撫でた。

「私、菜月ちゃんが幸せならそれでいいの」

「でも…」

「大丈夫。時間が解決してくれるから」

未来の声は優しかったが、少し震えていた。

◆夕食を作りながら◆

「今日は何作る?」未来が聞いた。

「カレーでええかの?」

「いいわね」

二人は並んで料理をした。いつもと変わらない日常。

「未来ちゃん」

「何?」

「これからも、ずっと一緒におってくれる?」

「当たり前じゃない。私たち、ルームメイトなんだから」

「ありがとう」

未来は笑顔を作ったが、心の奥では涙を堪えていた。

◆夕食後、悠真から電話◆

「もしもし、悠真?」

「おう、菜月。どうやった?」

「圭介先輩と、お付き合いすることになった」

「そっか。良かったな」

悠真の声は優しかったが、どこか寂しげだった。

「悠真、ありがとう。いつも相談に乗ってくれて」

「ええんや。菜月が幸せならそれでええ」

「悠真も、幸せになってね」

「おう、そのうちな」

電話を切った後、菜月は少し気になった。悠真の声に、いつもとは違う何かを感じた。

◆その夜、ベッドで◆

「菜月ちゃん、寝た?」

「まだ起きてるやて」

「私ね、菜月ちゃんに言っておきたいことがあるの」

「何?」

「私、菜月ちゃんのこと、これからもずっと大切に思ってる。恋愛感情は時間が解決してくれると思うけど、大切な人っていう気持ちは変わらない」

「未来ちゃん…」

「だから、もし圭介先輩と何かあったら、いつでも相談してね」

「ありがとう」

「おやすみ、菜月ちゃん」

「おやすみ、未来ちゃん」

暗闇の中、未来は涙を流していた。菜月には聞こえないように、静かに。

◆週末、圭介先輩との初デート(付き合ってから)◆

「菜月さん、今日はどこに行きたいですか?」

「んー、本屋さんに行きたいやて」

「また本屋さんですか?」圭介が笑った。

「だって、新しい和菓子の本が出たって聞いたがやもん」

「菜月さんらしいですね」

二人は手を繋いで歩いた。

「あの、圭介先輩」

「はい?」

「私、方言のこと、まだ不安やて」

「どうして?」

「また誤解されたり、迷惑かけたりするかもしれん」

圭介が立ち止まって、菜月の顔を見た。

「菜月さんの方言は、菜月さんの一部です。それを否定することは、菜月さん自身を否定することと同じです」

「圭介先輩…」

「だから、これからも自然に話してください。僕は全部受け止めます」

菜月の目に涙が浮かんだ。

「ありがとうございます」

「こちらこそ、菜月さんと一緒にいられて幸せです」

二人は笑い合った。

◆本屋さんで◆

「あ、これええやて!」

菜月が和菓子の本を見つけて、目を輝かせた。

「買ってあげましょうか?」

「ほんまに?」

「はい、プレゼントです」

「ありがとうございます!」

菜月が嬉しそうに本を抱きしめる姿を見て、圭介は微笑んだ。

「菜月さんの笑顔、本当に素敵です」

「恥ずかしいやて」

菜月が顔を赤くした。

◆カフェで休憩◆

「圭介先輩、私、これから頑張りたいことがあるがやて」

「何ですか?」

「方言を大切にしながら、でも標準語も使えるようになりたい」

「両方できるようになりたいんですね」

「はい。お茶部の麻美先輩が言ってたがやけど、『使い分け』が大切やって」

「素晴らしい考えですね」

「圭介先輩も、手伝ってくれますか?」

「もちろんです。一緒に頑張りましょう」

二人は約束の小指を絡めた。

菜月の新しい生活が、ここから始まろうとしていた。

さくらも未来も、まだ心の傷は癒えていない。

でも、三人の友情は壊れなかった。

むしろ、もっと強くなった気がした。

恋は複雑で、時に誰かを傷つけてしまう。

でも、それでも前に進むことができる。

大切な人たちに支えられながら。

菜月は、そのことを学んだ。

そして、これからも学び続けるだろう。

方言と標準語、故郷と東京、様々なものを大切にしながら。

「あの町の言葉と、この町のわたし」

菜月は、両方を持つことができると信じていた。