デートから一週間。菜月は圭介先輩からの告白への返事をまだしていなかった。

「今日もバイトやて」

朝、カレンダーを見ながら菜月がつぶやいた。

「今週、ずっと忙しいわね」未来が心配そうに言った。

「うん、バイトとお茶部とで、全然時間がないがよ」

圭介先輩からは何度かメッセージが来ていたが、会う時間が取れずにいた。

◆大学の廊下で◆

「菜月さん!」

圭介が駆け寄ってきた。

「圭介先輩、おはようございます」

「おはようございます。最近、忙しそうですね」

「すみません、バイトとサークルで…」

「無理はしないでくださいね」

「ありがとうございます」

「あの、今週末、時間はありますか?」

菜月はスマホのスケジュールを確認した。

「土曜日はバイト、日曜日はお茶部の練習会があって…」

「そうですか」圭介が少し残念そうに言った。

「本当にごめんなさい」

「いえ、大丈夫です。また落ち着いたら連絡してください」

圭介が去っていく後ろ姿を見て、菜月は申し訳ない気持ちになった。

◆お茶部で◆

「菜月ちゃん、最近疲れてない?」さくらが心配そうに聞いた。

「ちょっと忙しいだけやて」

「無理しちゃダメよ」

さくらが菜月の肩をそっと叩いた。その優しさに、菜月は少しほっとした。

「ありがとう、さくらちゃん」

「圭介先輩とは、会えてる?」

「全然会えてないがよ。時間が合わなくて」

さくらの表情が少し明るくなった。でも、すぐに罪悪感に襲われた。

「それは…大変ね」

「あの、さくらちゃん」

「なに?」

「前に話そうとしてたこと、まだ聞かせてもらってないやろ?」

さくらの顔が少し赤くなった。

「あれは…」

「私、さくらちゃんのこと大切やから。何でも話してほしいがよ」

さくらは涙が出そうになった。菜月の優しさが、逆に辛い。

「今度、ちゃんと話すね」

「約束やて」

◆バイト先のサニーテーブル◆

夕方、菜月はいつものようにバイトに出ていた。

「いらっしゃいませ!」

明るく元気な声で、お客さんを迎える。

「菜月ちゃん、6番テーブルお願い」

「はい!」

テーブルに向かうと、そこには圭介が座っていた。

「圭介先輩!」

「こんにちは、菜月さん」

「どうしてここに?」

「会えないなら、こちらから会いに来ようと思って」

菜月の胸がキュンとした。

「ご注文はお決まりですか?」

「えーっと、オムライスをお願いします」

「かしこまりました」

菜月は厨房に注文を通した。



その後、店内は混雑し始めた。菜月は忙しく動き回っている。

「こちらハンバーグセットです」

「お待たせしました、ドリンクのお代わりいかがですか?」

「お会計は2,800円になります」

圭介は自分の席から、菜月の働く姿を見ていた。

一生懸命に走り回る姿。お客さんに笑顔で接する姿。時々福井弁が出てしまって慌てる姿。

全てが愛おしかった。



「お待たせしました、オムライスです」

菜月がオムライスを運んできた。少し息が切れている。

「ありがとうございます。忙しそうですね」

「はい、今日はようけお客さんが来てくれて」

「『ようけ』、たくさんですね」

圭介が微笑んだ。

「あ、また方言が…」

「いいんです。菜月さんらしくて素敵です」

菜月の顔が赤くなった。

「ゆっくり食べてくださいね」

菜月が去ろうとすると、圭介が声をかけた。

「菜月さん」

「はい?」

「頑張ってる姿、とてもかっこいいです」

菜月は照れて、小走りで厨房に戻った。

◆バックヤードで◆

「菜月ちゃん、あの人、彼氏?」佳乃がにやりと笑った。

「違うやて!」

「でもすごく見つめてたよ」

「恥ずかしいがよ」

田村店長も笑っていた。

「若いっていいですね」

◆圭介の食事中◆

圭介はオムライスを食べながら、時々菜月の姿を目で追っていた。

ある時、年配の女性客が菜月に質問していた。

「このお魚、なんて言うの?」

「鯖やて…あ、鯖です」

「さば?」

「はい、福井の郷土料理で、へしこという鯖のぬか漬けがあるがですけど…」

菜月が一生懸命説明している。

「面白い子ね。どこの出身?」

「福井です」

「方言が可愛いわね」

「ありがとうございます」

その光景を見て、圭介は微笑んだ。菜月の方言を温かく受け入れてくれる人もいる。



ようやく忙しい時間が終わり、菜月は圭介のテーブルに向かった。

「お食事はいかがでしたか?」

「とても美味しかったです」

「ありがとうございます」

「菜月さん、休憩時間はありますか?」

「あと30分後に15分だけ」

「少しだけ、話せませんか?」

「はい」

◆休憩時間、店の外で◆

「お疲れさまです」

圭介が待っていてくれた。

「圭介先輩、ごめんなさい。なかなか時間が取れなくて」

「いえ、今日働く姿を見て、理解できました」

「理解?」

「菜月さんは本当に一生懸命で、誠実で、素敵な人だって」

圭介が真剣な目で菜月を見た。

「今まで以上に、好きになりました」

菜月の心臓がドキドキした。

「忙しいのは分かっています。だから、菜月さんのペースで大丈夫です」

「圭介先輩…」

「告白の返事も、急がなくていいです。ただ、僕はずっと待ってます」

「ありがとうございます」

「それから、これ」

圭介がメッセージカードを差し出した。

「休憩中に書きました。後で読んでください」

「はい」

「それでは、お仕事頑張ってください」

圭介が去っていく。菜月は手の中のカードを握りしめた。

◆シフト終了後◆

更衣室で着替えながら、菜月はカードを開いた。

『菜月さんへ

今日、働く姿を見て、改めて素敵な人だと思いました。

忙しい中でも、お客さんに笑顔で接して、
時々方言が出てしまって慌てる姿も、
全部が菜月さんらしくて、愛おしいです。

無理に時間を作らなくても大丈夫です。
僕はいつでも待っています。

菜月さんが笑顔でいてくれれば、それだけで幸せです。

田中圭介』

菜月の目に涙が浮かんだ。

「優しすぎるやて…」

◆帰り道、佳乃と◆

「菜月ちゃん、泣いてる?」

「ううん、泣いてないやて」

「でも目が赤いよ」

菜月はカードのことを佳乃に話した。

「素敵な人やん。大切にしなよ」

「でも、私…」

「どうしたん?」

「さくらちゃんとか、未来ちゃんとか、みんなのことも考えたら…」

佳乃は菜月の肩を抱いた。

「菜月ちゃんは優しすぎるんよ。自分の気持ちも大切にせな」

「そうかの」

「まあ、焦らんでもいいけどね」

◆寮に帰って◆

「ただいま」

「お帰り。疲れたでしょ?」

未来が温かいお茶を入れてくれた。

「ありがとう、未来ちゃん」

「今日はどうだった?」

菜月は圭介先輩が来てくれたことを話した。カードのことも。

「そう…圭介先輩、本当に菜月ちゃんのこと好きなのね」

未来の声は穏やかだったが、少し震えていた。

「未来ちゃん?」

「なんでもないの。ただ…」

「ただ?」

「菜月ちゃんが幸せならいいなって」

未来は笑顔を作った。でも、その笑顔は少し寂しかった。

その夜、菜月は悠真に電話をかけた。

「もしもし、悠真?」

「おう、菜月。どうしたん、こんな遅くに」

「相談があるがやて」

菜月は最近の出来事を話した。圭介先輩の告白、忙しくて会えないこと、今日のバイト先での出来事。

「なるほどな」

「私、どうしたらええと思う?」

「菜月の気持ちはどうなんや?」

「圭介先輩のこと、好きやと思う」

「やったら、それでええやないか」

「でも、さくらちゃんとか未来ちゃんとか…」

「周りのこと気にしすぎや。自分の気持ちに素直になってもええんやで」

悠真の言葉はいつも的確だった。

「ありがとう、悠真」

「いつでも相談乗るからな」

電話を切った後、菜月は考え込んだ。

自分の気持ちに素直になる。

それは、圭介先輩の告白を受け入れるということ。

でも、それで傷つく人がいるかもしれない。

「難しいやて…」

小さくつぶやいて、菜月はベッドに入った。

明日、さくらとちゃんと話そう。

そして、自分の気持ちを整理しよう。

恋は複雑だけど、逃げてはいけない。

そう決心して、菜月は眠りについた。