お茶部に入部してから一週間。菜月はすっかり部活に馴染んでいた。

「菜月ちゃん、今日もよろしくお願いします」

さくらが元気よく挨拶してくれる。

「こちらこそ、さくらちゃん。一緒に頑張ろうの」

「『頑張ろうの』って可愛いですね」

もうすっかり菜月の方言に慣れたさくら。むしろ楽しんでいる様子だった。

◆突然の告知◆

「みなさん、お疲れさまです」

麻美部長が手を叩いて注目を集めた。

「来月の文化祭の件ですが、お茶部も出し物をすることになりました」

「文化祭!」さくらが目を輝かせた。

「どんなことをするんですか?」菜月が聞いた。

「茶道の実演と、和菓子の販売を予定しています」

「和菓子!」菜月とさくらが同時に声を上げた。

「でも、和菓子作りは大変なのよ」真由が苦笑いした。「去年は部員総出で作ったけど、すごく忙しかった」

「私、和菓子作りお手伝いできますやて」

菜月が手を上げた。

「本当?助かるわ」麻美部長が嬉しそうに言った。

◆企画会議◆

「それで、今年のテーマを決めたいんだけど」

部員みんなで円になって座った。

「去年は『四季の和菓子』だったから、今年は違うテーマがいいわね」

「何か案はある?」

みんなで考えていると、さくらが手を上げた。

「菜月ちゃんの故郷、福井の和菓子はどうですか?」

「福井の?」

「はい、前に教えてもらった『羽二重餅』とか、すごく美味しそうでした」

菜月の顔がぱっと明るくなった。

「ええアイデアやて!」

「でも、福井の和菓子なんて作れるの?」佐藤先輩が心配そうに言った。

「おばあちゃんに教わったレシピがあります。きっとできるやて」

「それは面白そうね」麻美部長がうなずいた。「『福井の銘菓』というテーマはどうかしら?」

みんなが賛成した。

◆早速準備開始◆

「まずは、どんな和菓子を作るか決めましょう」

菜月は故郷から持ってきた和菓子の写真を見せた。

「これが羽二重餅。これは水ようかん」

「水ようかん?夏のお菓子よね」真由が首をかしげた。

「福井では冬でも食べるがです」

「冬に?」

「はい、コタツに入って食べる水ようかんは格別やて」

「面白い!」さくらが手を叩いた。「福井の文化も一緒に紹介できますね」

◆レシピ研究◆

菜月は故郷の祖母に電話をかけた。

「もしもし、おばあちゃん?菜月やて」

「おお、菜月か。元気にしとっけ?」

「うん、大学の文化祭で福井の和菓子を作ることになったがやって」

「ほう、それはええことや」

菜月は文化祭の企画について話した。

「羽二重餅のレシピ、教えてもらえる?」

「もちろんや。でも、東京で材料揃うかの?」

「それも心配やて」

「大丈夫や、菜月なら作れるけ」

祖母の優しい声に勇気をもらった菜月。電話でレシピを詳しく教わった。

◆材料調達◆

「福井の特産品、どこで買えるやろうか」

未来と一緒にデパ地下を回った。

「あ、北陸物産展やってるやて!」

福井県のブースを発見した菜月。目を輝かせて駆け寄った。

「すみません、羽二重餅の材料って手に入りますか?」

「あら、お嬢さん、福井の方?」店員のおばさんが聞いた。

「はい、福井出身やて」

「懐かしい話し方やの。どちらから?」

「嶺北です」

「ほう、私も福井やよ。嬉しいの」

思わぬ同郷の出会いに、菜月は感激した。

「実は大学の文化祭で福井の和菓子を作ろうと思って」

「それはええことや。材料、特別に分けてあげるけ」

◆試作開始◆

部室で羽二重餅の試作に挑戦した。

「まず、白玉粉と砂糖を混ぜて…」

菜月の指導で、部員みんなで作業した。

「この生地の感触、不思議やの」さくらが生地を触りながら言った。

「『不思議ですね』でしょ?」菜月がいつものようにツッコんだ。

「あ、菜月ちゃんの方言、移っちゃった」

みんなで笑った。

「でも、『やの』って優しい響きで好きです」

「そう言ってもらえると嬉しいやて」

◆試食タイム◆

完成した羽二重餅をみんなで試食した。

「うわあ、めっちゃ美味しい!」真由が感動した。

「本当に!こんなに美味しい和菓子、初めて食べました」さくらが目を丸くした。

「おばあちゃんの味には負けるけど、まあまあやの」

菜月は照れながら言った。

「これなら文化祭でも人気出そうね」麻美部長が笑った。

◆その時、部室にノック◆

「失礼します」

またしても圭介が現れた。

「あ、圭介先輩」菜月が驚いた。

「いい匂いがするので、気になって」

「和菓子を作ってるんです」さくらが説明した。

「これは…羽二重餅ですか?」圭介が興味深そうに見た。

「そうです。菜月ちゃんが作り方を教えてくれました」

「すごいですね。本格的だ」

圭介の目が菜月を見た。

「菜月さんが作られたんですか?」

「おばあちゃんに教わったレシピやて」

「文化祭で販売するんです」麻美部長が説明した。

「それは楽しみです。ぜひ買いに行かせてもらいます」

圭介が笑った。

「あの、菜月さん」

「はい?」

「今度、福井の食文化について教えていただけませんか?研究ではなく、純粋に興味があるんです」

お茶部のメンバーが二人を見ている。

「あの…」菜月が迷っていると、さくらが口を挟んだ。

「菜月ちゃん、文化祭の準備で忙しくないですか?」

「そ、そうですね」菜月がほっとした。

「そうですね、申し訳ありません」圭介が頭を下げた。「文化祭の準備、頑張ってください」

圭介が去った後、真由がにやりと笑った。

「あの人、諦めないわね」

「しつこいですね」さくらが少し不機嫌そうに言った。

菜月はさくらの表情に気づいた。もしかして、さくらは圭介先輩のことを良く思っていない?

◆文化祭準備本格化◆

それから連日、お茶部は文化祭の準備に追われた。

「水ようかんも作ってみましょうか?」菜月が提案した。

「冬の水ようかんですね」さくらが嬉しそうに言った。

「そうやて。福井の冬の風物詩や」

「面白そう!」

二人は息ぴったりで準備を進めた。

「菜月ちゃんとさくらちゃん、仲良しね」真由が微笑んだ。

「さくらちゃんがようフォローしてくれるがです」

「『よくフォロー』ね」さくらが笑った。

「あ、また直された」

「でも、菜月ちゃんの話し方、本当に温かくて好きなんです」

◆バイト先でも話題に◆

「菜月ちゃん、文化祭で和菓子作るんやって?」

佳乃がシフト中に声をかけてきた。

「うん、福井の和菓子やて」

「すごいやん。私も見に行きたい」

「ぜひ来て。美味しいの作るけ」

「楽しみ!」

田村店長も聞いていた。

「村瀬さんの故郷の和菓子か。興味深いな」

「もしよろしければ、店長さんも」

「ありがとう、時間があったら行かせてもらうよ」

◆その夜、寮にて◆

「文化祭の準備、大変そうね」

未来が心配そうに言った。

「大変やけど、楽しいやて」

「さくらちゃんと仲良くなったのね」

「うん、すごく素直で可愛い子やて」

「良かったじゃない。お茶部に入って」

「ほんまに良かった。みんな私の方言も受け入れてくれるし」

菜月は幸せそうに話した。

「圭介先輩、また来てたんでしょ?」

「うん、でも今は文化祭の準備に集中したいやて」

「そうね、無理しなくていいのよ」

未来は菜月が忙しそうなのを見て、少し寂しく思った。でも、菜月が充実しているのは嬉しい。

「未来ちゃんも文化祭、見に来てくれる?」

「もちろん!楽しみにしてる」

「ありがとう。頑張るやて」

その時、菜月の携帯が鳴った。悠真からだった。

「はい、悠真?」

「おう、菜月。文化祭の準備はどうや?」

「順調やて。福井の和菓子を作ることになった」

「ほう、それはええな。菜月らしくて」

「おばあちゃんのレシピで作るから、きっと美味しくできるやて」

「楽しみやな。頑張れよ」

「ありがとう」

電話を切った後、未来が言った。

「悠真くんも応援してくれてるのね」

「うん、いつも支えてくれる」

「羨ましいな、そんな人がいて」

「未来ちゃんも私を支えてくれてるやて」

菜月が笑顔で言った。

「本当?」

「本当や。あんたがおらんかったら、ここまでできんかった」

未来の胸が温かくなった。

「私も、菜月ちゃんがいてくれて良かった」

窓の外では、秋の夜風が涼しく吹いている。

文化祭まであと2週間。菜月の新しいチャレンジが始まろうとしていた。

きっと素晴らしい文化祭になるだろう。そして、その中で菜月はまた一つ成長するに違いない。