深夜の寝室。
静まり返った空間に、紗良は一人ベッドに腰を下ろしていた。
机の上には、父の秘書から渡された協定書の写し。
震える指先でそれを撫でるたび、胸の奥が締めつけられる。
「怜司さん……本当に、私を守ろうとしていたの?」
あの夜、玲奈に突きつけられた残酷な言葉。
「彼はもうあなたを信じていない」
その声がまだ耳に残っている。
だが、紙面に残された署名は確かに怜司のもの。
自分を危険に巻き込まぬよう、ひとりで戦っていたのだと気づいた瞬間、紗良の頬を熱い涙が伝った。
(私は……何をしていたの)
怜司の沈黙を裏切りと決めつけ、問い詰めることすらできずに拒絶した。
彼の苦悩に寄り添うどころか、傷つける言葉ばかり投げつけて――。
「ごめんなさい……怜司さん」
震える声が夜に溶ける。
罪悪感と共に、胸に込み上げるのはどうしようもない愛情だった。
その頃、怜司は書斎で机に突っ伏すようにして眠りに落ちていた。
額に浮かぶ疲労の色、固く結ばれた口元。
彼がどれほど自分を守るために無理をしていたのか、紗良は知っているようで知らなかった。
「私……あなたを信じることから逃げていたのね」
ベッドの上でシーツを握りしめ、紗良は静かに瞳を閉じた。
やがて夜明け。
差し込む朝の光に目を開いた紗良の瞳には、昨日までの迷いがなかった。
(今度こそ怜司さんを助ける。私が信じなければ、誰が彼を信じるの?)
涙に濡れた夜を超えて、ひとつの決意が胸に芽生えていた。
夫婦としてではなく、ひとりの人間として――怜司を守りたいと。
「怜司さん……私は、あなたの隣に立ちたい」
小さく呟いたその声は、まだ眠る屋敷の中で誰にも届かない。
けれど確かに、紗良の心は新しい一歩を踏み出していた。

