神宮寺邸。
重厚な扉が閉ざされた応接間で、玲奈は父・英臣の前に座っていた。
「怜司さまを追い詰めるのは簡単でしたわ。奥さまはすでに心を乱されております」

報告する声は冷ややかだが、その胸の奥はざわめいていた。
英臣は満足げに頷く。
「よくやった。鳳条と西園寺の同盟は揺らぐ。あとは怜司を切り捨てればいい」



「……切り捨てる?」
思わず声が震えた。

英臣は薄く笑う。
「怜司が孤立すれば、鳳条は終わる。お前は駒として役目を果たせばいい」

駒。
その言葉に、玲奈の胸が強く痛んだ。

(私は駒なんかじゃない……怜司さまを想う、この気持ちだけは――)



夜、ひとり自室に戻った玲奈は鏡に向かい、己の瞳を見つめた。
赤い唇を噛みしめながら、呟く。

「私は……何をしているの?」

怜司に拒絶されてもなお、彼の声が耳に残っている。
「俺の妻は紗良だけだ」

その言葉が、鋭い刃のように胸を裂きながら、同時に熱を宿らせる。



翌日。
玲奈は怜司のオフィスを訪れた。
書類を差し出すふりをして、そっと囁く。

「怜司さま……どうかお気をつけて。父は、あなたを――」

そこまで言いかけ、唇を噛んだ。
父を裏切ることは許されない。
けれど黙っていれば、怜司は危険に晒される。

怜司が怪訝そうに振り返る。
玲奈は笑顔を装い、言葉を飲み込んだ。

「……いえ、何でもありませんわ」



部屋を後にした玲奈の胸は乱れていた。
(私は父を裏切るの? それとも怜司さまを……)

答えを出せぬまま、彼女はただ夜の街を彷徨った。
父への忠誠と、芽生えてしまった恋情のはざまで――。