数日後の午後。
邸宅に訪れた侍女が慌ただしく紗良に告げた。
「奥さま、神宮寺令嬢がお見えになっています」
胸がざわめく。
拒絶すべき相手と分かっていながら、紗良は応接室の扉を開けた。
ソファに優雅に腰掛ける玲奈は、涼しい笑みを浮かべていた。
「まあ、奥さま。ご無沙汰しておりますわ」
「……何のご用ですか」
「用件はひとつ。怜司さまのことです」
その名が出た瞬間、紗良の心臓が大きく跳ねた。
玲奈はわざと間を置き、囁くように続ける。
「あなた、ご存じ? 怜司さまが密かに父と対立していることを」
「……え?」
玲奈の瞳が愉しげに細められる。
「彼はあなたに隠していました。西園寺グループと協定を結び、父の会社を封じようとしていたのです」
紗良の胸に、封筒の契約書が蘇る。
「やっぱり……本当だったのね」
「でもね、奥さま」
玲奈の声が甘く絡みつく。
「怜司さまが黙っていたのは、あなたを守るためなんかじゃない。
ただ、自分の立場を守るためよ。――愛されていると思っているのは、あなたの思い込み」
「嘘……」
紗良は息を呑んだ。
玲奈はさらに追い打ちをかけるように微笑む。
「もし本当に愛しているのなら、あなたに隠す理由なんてないでしょう?
彼はもうあなたを信じていない。だからすべてを秘密にしたのよ」
その言葉は刃となり、紗良の胸を深く切り裂いた。
(怜司さん……本当に、私を信じていないの?)
涙が頬を伝うのを、玲奈は満足げに見つめていた。
だがその奥で、彼女自身の胸も奇妙に疼いていた。
(私だって……本当はただ、怜司さまに振り向いてほしいだけなのに)
その夜。
帰宅した怜司を迎えた紗良の瞳には、深い影が落ちていた。
「怜司さん……あなたは、私を守るために隠していたの?
それとも……信じられない妻だから?」
問いかける声は震え、怜司の心を突き刺す。
だが彼は、沈黙しか選べなかった。
「……答えてよ」
泣き出しそうな声に、怜司は拳を握り締める。
(言えない……今はまだ、真実を告げれば彼女を危険に巻き込む)
「……紗良。信じてくれ」
絞り出すような言葉は、もう彼女の胸に届かなかった。
こうして、玲奈の口から暴かれた「真実」は、紗良の心にさらなる疑念を植え付けることになった。
夫婦の溝は、もはや取り返しのつかないほど広がっていく――。
邸宅に訪れた侍女が慌ただしく紗良に告げた。
「奥さま、神宮寺令嬢がお見えになっています」
胸がざわめく。
拒絶すべき相手と分かっていながら、紗良は応接室の扉を開けた。
ソファに優雅に腰掛ける玲奈は、涼しい笑みを浮かべていた。
「まあ、奥さま。ご無沙汰しておりますわ」
「……何のご用ですか」
「用件はひとつ。怜司さまのことです」
その名が出た瞬間、紗良の心臓が大きく跳ねた。
玲奈はわざと間を置き、囁くように続ける。
「あなた、ご存じ? 怜司さまが密かに父と対立していることを」
「……え?」
玲奈の瞳が愉しげに細められる。
「彼はあなたに隠していました。西園寺グループと協定を結び、父の会社を封じようとしていたのです」
紗良の胸に、封筒の契約書が蘇る。
「やっぱり……本当だったのね」
「でもね、奥さま」
玲奈の声が甘く絡みつく。
「怜司さまが黙っていたのは、あなたを守るためなんかじゃない。
ただ、自分の立場を守るためよ。――愛されていると思っているのは、あなたの思い込み」
「嘘……」
紗良は息を呑んだ。
玲奈はさらに追い打ちをかけるように微笑む。
「もし本当に愛しているのなら、あなたに隠す理由なんてないでしょう?
彼はもうあなたを信じていない。だからすべてを秘密にしたのよ」
その言葉は刃となり、紗良の胸を深く切り裂いた。
(怜司さん……本当に、私を信じていないの?)
涙が頬を伝うのを、玲奈は満足げに見つめていた。
だがその奥で、彼女自身の胸も奇妙に疼いていた。
(私だって……本当はただ、怜司さまに振り向いてほしいだけなのに)
その夜。
帰宅した怜司を迎えた紗良の瞳には、深い影が落ちていた。
「怜司さん……あなたは、私を守るために隠していたの?
それとも……信じられない妻だから?」
問いかける声は震え、怜司の心を突き刺す。
だが彼は、沈黙しか選べなかった。
「……答えてよ」
泣き出しそうな声に、怜司は拳を握り締める。
(言えない……今はまだ、真実を告げれば彼女を危険に巻き込む)
「……紗良。信じてくれ」
絞り出すような言葉は、もう彼女の胸に届かなかった。
こうして、玲奈の口から暴かれた「真実」は、紗良の心にさらなる疑念を植え付けることになった。
夫婦の溝は、もはや取り返しのつかないほど広がっていく――。

