昼下がりの邸宅。
紗良は侍女に呼ばれ、応接室に向かった。
そこには父の側近である秘書が待っており、封筒を差し出した。
「奥さまへ。会長からお預かりしております」
怪訝に思いながら受け取った封筒の中には、一通の書簡と数枚の契約書の写しが入っていた。
震える手で文面を追った瞬間、紗良の瞳が大きく揺れる。
――鳳条と西園寺の新規協定案。
それは神宮寺グループの動きを封じるための極秘の協定だった。
「……怜司さんが、こんなことを……?」
紗良の心に疑念と驚きが入り混じる。
(父と協定を? なぜ私には何も言わなかったの……)
すると、側近が言葉を添えた。
「会長はおっしゃっていました。怜司さまは奥さまを守るために、あえてすべてを一人で背負っているのだと」
応接室の窓辺に立ち尽くしながら、紗良は震える手を胸に当てた。
冷たく突き放されたあの言葉。
帰宅しなくなった日々。
――すべては、自分を巻き込まないため?
「そんな……」
信じたいのに、心の奥に残る玲奈の声が再び囁く。
――怜司さまは、私を選ぶでしょう。
その夜。
帰宅した怜司はいつものように表情を崩さず、ただ短く「疲れた」と言って背広を脱いだ。
紗良は声をかけようとしたが、唇が震えて言葉にならなかった。
(怜司さん……あなたは本当に、私を守るために冷たくしているの?
それとも、もう心が離れてしまったの……?)
怜司の背中を見つめる視線は揺れ続け、疑念と希望が入り混じる。
廊下に消えていく夫の後ろ姿を見送りながら、紗良は胸の奥で小さく呟いた。
「……本当のあなたを、知りたい」
冷たい仮面の下に隠された、もう一つの顔。
その真実に触れる日が近づいていることを、まだ彼女は知らなかった。

