会議を終えた怜司は、重たい資料を机に置くと、疲労を隠すように額を押さえた。
その静寂を破るように、扉が開く。
「ごきげんよう、怜司さま」
現れたのは神宮寺玲奈だった。
鮮やかなワインレッドのスーツに身を包み、艶やかな笑みを浮かべている。
「……君が、なぜここに」
「父の代理ですわ。今回の案件は私が任されましたの」
玲奈は軽やかに歩み寄り、テーブルに書類を置いた。
その仕草は優雅だが、瞳の奥には冷たい光が宿っている。
「怜司さま。奥さまとのこと……うまくいっていないのでしょう?」
「……何のつもりだ」
「別に。ただ、お気の毒だと思って」
玲奈は挑発的に微笑みながら、怜司の目をまっすぐに見た。
「私なら……あなたを孤独にしないのに」
怜司の眉が鋭く寄る。
「ふざけるな。俺には紗良がいる」
「……本当に? 奥さまは、あなたを信じていないと仰っていたわ」
その言葉に、怜司の拳が机の下で固く握られる。
玲奈はその反応を確かめるように、ゆっくりと微笑を深めた。
(――これでいい。父の望み通り、二人の仲を引き裂く。それが私の役目)
心の中でそう繰り返しながらも、胸の奥にかすかな痛みが生まれていた。
「怜司さま。あなたほどの人に、どうしてあんなに疑う妻がふさわしいのかしら」
「黙れ。紗良を侮辱するな」
怜司の声は鋭く、玲奈の胸を突き刺す。
本来なら反発すべきその言葉が、なぜか熱く心を震わせた。
(どうして……こんなふうに胸が高鳴るの)
会議室を後にした玲奈は、ひとり廊下を歩きながら、自分の鼓動の速さに戸惑っていた。
「……おかしいわね。これは任務のはずなのに」
父の命令を果たすために仕掛けたはずの罠。
けれどその裏で、玲奈の心は気づかぬうちに揺れ動き始めていた。

