翌朝。
怜司はいつもより早く出社の支度を整えていた。
ネクタイを締める指先は固く、鏡に映る瞳には焦燥が宿っている。
(紗良を失うわけにはいかない。誤解だろうと、彼女が別れを望んでいると父上に伝われば、すぐに縁は断たれてしまう)
背広に袖を通し、邸宅を出ると黒塗りの車が待っていた。
向かう先は西園寺家――紗良の実家だった。
重厚な扉が開き、案内された応接室は、格調高い静けさに包まれている。
やがて姿を現したのは、威厳ある紗良の父、西園寺雅信だった。
「……怜司君。朝から訪ねてくるとは珍しい」
「ご無礼を承知で参りました」
怜司は深く頭を下げ、真っ直ぐな眼差しを向ける。
「私は、紗良を手放すつもりはありません。どんなことがあっても」
雅信の瞳が鋭く光る。
「しかし、紗良自身が『別れたい』と言っているそうだな。娘の意思を無視してまで繋ぎ止めるのか」
「……はい」
怜司の即答に、室内の空気が揺れた。
「彼女は誤解しているんです。私は一度たりとも裏切っていない。だから、このまま終わらせるわけにはいきません」
「誤解、か……」
雅信はゆっくりと腰を下ろし、低く唸るように言った。
「ならば、なぜ紗良を安心させられなかった? 夫としての責務を果たしていたのか?」
その言葉は鋭い刃のように怜司の胸に突き刺さる。
怜司は拳を握り締め、必死に声を絞り出した。
「私は……彼女を守るために距離を取っていたのです。だが、そのせいで疑念を生んでしまった。愚かだったと痛感しています」
雅信は沈黙したまま怜司を見据えた。
怜司の肩に重圧がのしかかる。
それでも彼は怯まずに続けた。
「どうか、もう少し時間をください。私は必ず彼女に真実を伝え、心を取り戻してみせます」
長い沈黙の後、雅信は深く息を吐いた。
「……怜司君。娘の意思を尊重するのが父としての役目だ。だが、君の必死さも理解した」
「……」
「もし本当に紗良を愛しているのなら、言葉ではなく行動で証明しろ。
彼女を惑わせている影を払い、迷いを消してみせるのだ」
怜司は深く頭を下げ、静かに答えた。
「……必ず」
西園寺邸を後にする怜司の背に、強い決意が宿っていた。
――何があっても、紗良を取り戻す。
だがその影で、神宮寺玲奈はさらに彼に近づこうと、次なる一手を用意してい
怜司はいつもより早く出社の支度を整えていた。
ネクタイを締める指先は固く、鏡に映る瞳には焦燥が宿っている。
(紗良を失うわけにはいかない。誤解だろうと、彼女が別れを望んでいると父上に伝われば、すぐに縁は断たれてしまう)
背広に袖を通し、邸宅を出ると黒塗りの車が待っていた。
向かう先は西園寺家――紗良の実家だった。
重厚な扉が開き、案内された応接室は、格調高い静けさに包まれている。
やがて姿を現したのは、威厳ある紗良の父、西園寺雅信だった。
「……怜司君。朝から訪ねてくるとは珍しい」
「ご無礼を承知で参りました」
怜司は深く頭を下げ、真っ直ぐな眼差しを向ける。
「私は、紗良を手放すつもりはありません。どんなことがあっても」
雅信の瞳が鋭く光る。
「しかし、紗良自身が『別れたい』と言っているそうだな。娘の意思を無視してまで繋ぎ止めるのか」
「……はい」
怜司の即答に、室内の空気が揺れた。
「彼女は誤解しているんです。私は一度たりとも裏切っていない。だから、このまま終わらせるわけにはいきません」
「誤解、か……」
雅信はゆっくりと腰を下ろし、低く唸るように言った。
「ならば、なぜ紗良を安心させられなかった? 夫としての責務を果たしていたのか?」
その言葉は鋭い刃のように怜司の胸に突き刺さる。
怜司は拳を握り締め、必死に声を絞り出した。
「私は……彼女を守るために距離を取っていたのです。だが、そのせいで疑念を生んでしまった。愚かだったと痛感しています」
雅信は沈黙したまま怜司を見据えた。
怜司の肩に重圧がのしかかる。
それでも彼は怯まずに続けた。
「どうか、もう少し時間をください。私は必ず彼女に真実を伝え、心を取り戻してみせます」
長い沈黙の後、雅信は深く息を吐いた。
「……怜司君。娘の意思を尊重するのが父としての役目だ。だが、君の必死さも理解した」
「……」
「もし本当に紗良を愛しているのなら、言葉ではなく行動で証明しろ。
彼女を惑わせている影を払い、迷いを消してみせるのだ」
怜司は深く頭を下げ、静かに答えた。
「……必ず」
西園寺邸を後にする怜司の背に、強い決意が宿っていた。
――何があっても、紗良を取り戻す。
だがその影で、神宮寺玲奈はさらに彼に近づこうと、次なる一手を用意してい

