夕食のテーブルを挟んで、二人の間には重苦しい沈黙が漂っていた。
ナイフとフォークが皿に触れる音だけが響き、言葉は生まれない。
怜司が静かに口を開いた。
「……紗良。君はこの頃、俺を避けているな」
「そんなこと……」
「なら、どうして目を合わせない」
問い詰められ、紗良の心臓が跳ねた。
――もう、隠せない。
「……今日、神宮寺玲奈さんが屋敷に来たの」
怜司の手が止まる。
「玲奈が? 俺ではなく、君に?」
「ええ。そして……『怜司さまと別れてください』って言われたわ」
一瞬、空気が凍りつく。
怜司の眉が鋭く寄せられ、声が低く響いた。
「……何を言っているんだ、あの女は」
「嘘じゃない! はっきりそう告げられたの」
紗良は震える手で胸を押さえた。
「怜司さんは私じゃなく、彼女を選ぶって……」
「そんなこと、あるはずがない!」
怜司の声は怒りと動揺に震えていた。
「俺が誰を愛していると思っている! 君しかいない!」
「……でも、私は見たのよ」
紗良の瞳から涙が零れる。
「喫茶店で……あなたが玲奈さんに微笑みかけるところを。私には、もう向けてくれない顔だった」
怜司は大きく息を吐き、額に手を当てた。
「……それは仕事だ。表面的な態度に過ぎない」
「そう言って誤魔化すの?」
「誤魔化しじゃない! 俺は君を守るために……」
言いかけて、怜司は口を噤んだ。
言えない事情がある――それが、逆に紗良の疑念を深める。
「やっぱり……隠していることがあるのね」
「違う、紗良!」
必死の声も届かない。
紗良は椅子を立ち、震える声で告げた。
「もう……信じられないの」
怜司の瞳に衝撃が走る。
「紗良……」
伸ばされた手を振り払うと、空気が鋭く裂けた。
二人は同じ空間にいながら、もう別々の場所にいるように感じられた。
その夜。
ベッドに横たわっても、互いに背を向けたまま眠れぬ時を過ごす。
同じ屋根の下にいても、心は遠く離れていた。
――これが、本当のすれ違いの始まりだった

