冬の柔らかな陽光が差し込む広いリビングは、白い大理石の床に反射してきらめいていた。大きな窓の外には庭園の薔薇が咲き残り、冷たい空気の中でなお鮮やかな赤を主張している。

鳳条紗良はソファに腰かけ、温かなカップを両手で包みながら、その景色を眺めていた。
三年前に結婚して以来、この家は彼女にとって夢のような場所だった。幼い頃から憧れてきた初恋の相手――夫の鳳条怜司と、同じ屋根の下で暮らしている。それだけで胸が満たされる毎日だった。

「怜司さん、今日も忙しいの?」
朝食のテーブルで問いかけると、夫は新聞から視線を上げ、柔らかな笑みを浮かべた。

「忙しいよ。でも……君の顔を見てから出勤できるなら、どんな一日も悪くない」

低く落ち着いた声が、紗良の胸を温かくする。怜司は若くして鳳条グループの社長に就任し、常に多くの重責を背負っている。それでも彼は時間を見つけては、紗良の前でだけ優しい夫の顔を見せてくれるのだった。

「……もう、そういうことを言うのはずるいわ」
頬を染めて呟くと、怜司はわずかに口元を歪め、からかうような視線を向けた。

「事実を言っただけだよ。君は僕の癒やしだ」

そう言って、彼はテーブル越しに紗良の手を取り、指先に軽く口づけを落とした。
たったそれだけの仕草で、胸の奥に小さな火が灯る。幸せはこんなにも身近にある――紗良は心からそう感じていた。



昼下がり、邸宅に戻った怜司は珍しく早い帰宅だった。
「紗良、いるか?」
書斎から呼ぶ声に、紗良は小走りに駆け寄った。

「今日は予定より早く終わったんだ」
「本当に? じゃあ、夕食は一緒にいただけるのね」

嬉しさに目を輝かせると、怜司は優しい眼差しで頷いた。
「もちろん。せっかくだから、久しぶりに二人でワインを開けよう」

グラスを交わし、語らう時間。
他愛のない会話さえも、紗良にとってはかけがえのない宝物だった。

「怜司さん、こうして一緒にいられると、昔からの夢が叶ったみたいなの」
「夢?」
「ええ。小さな頃から、あなたの傍にいたいって思ってたの」

恥ずかしそうに笑う紗良を、怜司は真剣な眼差しで見つめ返した。
「僕も同じだよ。ずっと君を守りたかった」

胸の奥がじんわりと熱くなる。
――この幸せが永遠に続くと、信じて疑わなかった。

だが、この幸福な日々に忍び寄る影に、紗良はまだ気づいていない。