夕方、教室にはもう数人しか残っていなかった。

掃除の後で、窓から入る風がカーテンをふわっと持ち上げる。

わたしは、今日こそ話そうと決めていた。


玲杏は一人で席に座り、スマホをいじっていた。紗綾もいない、チャンスは今しかない。


「玲杏......」


その名前を呼ぶだけで、喉が乾いた。

言葉が震えそうになるのを必死で飲み込む。

「...話したいことがあるの」

杏はスマホから目を離さなかった。でも、薄く笑って、声だけ返した。


「なに?また泣きそうな顔で『どうして?』とか聞いてくるの?」

もう、泣きそうだった。

あの頃の玲杏との関係が、喉から手が出るほど欲しくてたまらない。

裏切られても、玲杏にとっては「めんどくさいやつ」でも、



わたしには、玲杏しかいないんだよ。


「晴翔くんのこと......ごめん。わたし、奪おうとしたわけじゃない。
でも、避けられる理由がそれなら、ちゃんと謝る」

一瞬、スクロールしている玲杏の指が止まる。
それから、スマホを机に投げるように置いた。


「は?なにそれ、マジでウケるんだけど!」


怒鳴り声に近い声。

わたしはびくっとしたけど、逃げなかった。


「別に奪われたなんて思ってないし!そもそも、好きな人くらい自由にしてよ」

立ち上がった玲杏の口元は、上がっていた。
でも、その笑顔は顔だけで、目は濁っていた。


「ほんっとうにムカつくの、あんたって。黙って大人しいフリして、実は男にだけはいい顔して。
うちらのこと、見下してるんでしょ?」


“うちら”。
玲杏も、紗綾も、見下した?
わたしが?

そんなわけ、…

「そんなことしてないよ!!」

心臓が、今にも出そうで。
だんだん視界が歪んでいって。


「ずっと思ってたんだよ、なんであんたと仲良くしてたんだろうって。
話しても反応薄いし、空気読みすぎで何も喋らないし。
でも、 友達いないみたい だったから、仕方なく一緒にいたんだよ」


息が止まりそうだった。
一粒、涙が頬を伝った。

拭わなかった。
逃げなかった。


「……それ全部、本当の気持ち?」

確かめたい。
もし、玲杏が“嘘”をついているのなら。


玲杏は一瞬、言葉に詰まった。
そして、吐き捨てるように言った。


「.....本当だよ。
もうあんたとは、一緒にいたくない」


そう言って、荷物を掴むと、足音を立てて教室を出て行った。

静けさだけが残った。

わたしは、自分の震える手を見下ろした。
杏の叫んだ言葉が、頭の中で何度もリピートされる。


“友達がいないみたい”だから、一緒にいたんだ。

じゃあわたしは、本格的な“ぼっち”じゃんね。


これで、わたしは学んだ。


もう、玲杏と仲直りすることはできない、って。