「ハンス、今日はありがとう」
私がハンスにお礼を言うと、彼が言葉を発せないくらいレイモンドに対しての怒りにたえているのが分かった。
自分の大切な姉を散々弄んで捨てた相手を目の前にしているのだから当然だ。

「レイモンド・サム王太子殿下にハンス・リードがお目にかかります。アゼンタイン侯爵令嬢のことは大切にして頂ければと思います」

ハンスはやっとの思い出絞り出したような震える声で、レイモンドにそう告げると馬車の扉を閉め去っていった。
隣にいるレイモンドを見ると、ハンスの怒りをしっかりと受け止めていないのが分かった。

「レイモンド、私を大切にする必要などありませんわ。私、あなたへの接し方を変えることにしましたので」
私はレイモンドに添えた手を振り払い、見下すような目で睨みつけた。

「エレノア、何かあったのですか? 私は愛するエレノアを誰よりも大切にしますよ」
これほど薄い「愛する」という言葉が存在するだろうか。
彼が私の変化に少し焦っているのが分かる。
この2年で少しでも私の心を得たと勘違いしていたのだとしたら彼は本当に愚か者だ。

馬車の音が聞こえて、ふとそちらを見た。

「帝国の馬車だわ」
私の呟きにレイモンドも同じようにそちらを見つめる。

アゼンタイン侯爵邸の邸宅の前に止まった馬車に鼓動が高まる。

まさか、私の正体が露見したのだろうか、それとも魅了の力が使えることが知られカルマン公爵家が追っ手を寄越したのだろうか。

震え出した私にレイモンドが気づいたのか、抱き寄せてくる。