「昨日の今日で色々ありすぎて、疲れてしまっていて今日の私の姿はあなたには見せたくないわ。レイモンド。」
彼の名前を呼んでみた。
これで心が通じたと思ってくれて帰ってくれるだろう。

「エレノア、はじめて名前を呼んでくれましたね。では、また明日にでも出直します。」
殿下は私をキツく抱きしめて、頬に口づけをして去っていった。

窓の外を見ると、足早に馬車に乗り込む殿下が見えた。
おそらく、彼はこの後行くところがあるのだろう。

馬車には先ほど私が受け取ったのと同じ薔薇の花束のストックがたくさんあるに違いない。
冷めた目で窓の外を見つめていると、アゼンタイン侯爵夫人がノックをして部屋に入ってきた。

「エレノア、殿下に何か嫌なことをされたりはしていませんか?もし、あなたが婚約を破棄したいのならお父様にお願いして王家に掛け合ってもらっても良いのですよ」

侯爵夫人の灰色の瞳に映った私は確かに虚しさに絶望したような顔をしていた。
この顔が私の基本顔で気を抜くとすぐにこの顔になってしまうので、あまり彼女が心配することではない。

「お母様、お気になさらずとも大丈夫です。色狂いと評判の王太子殿下ですが、10歳の少女に手を出すほど狂ってはいませんでした。私と婚約をすることで、後8年遊びたいだけでしょう。」
私の言葉に彼女は傷ついたような顔になった。
彼女の心配を取り除きたくて発した言葉なのにどうしてそうなってしまったのだろう。