「フィリップ様、そのようなことを言って頂けるのなんて光栄でございます。しかし、私の正体は悪女であり、あなたのような完璧な方に想われるような女ではございません。それと、私には帝国の貴族令嬢があなたに夢中になる未来が見えています。どうか女性にはくれぐれもお気をつけください。どれだけ優秀な方でも女性によって身を滅ぼすことがあります」
エレノアがフィリップに言った言葉に俺は驚愕した。
俺の予想通り、彼女は自分を口説いてくるよう伝令を彼に送り散々彼の気持ちを弄んだ上に捨てたということだろうか。
俺の知っているエレノアは思いやりがあって、自分よりも相手の気持ちを優先する優しさを持ち合わせた子だ。
姉上に誘拐され、殺されかけた時だって傷ついているはずなのに、姉上の心の傷の心配ばかりしていた。
「エレノア、お前、たくさんの顔を持っている女なのか?」
俺は絞り出すように、恐る恐る彼女に尋ねた。
「多くの顔を使い分けて生きることは当然のことだわ。ハンス、あなたもヤンチャで憎めない不躾な公子の顔以外を持った方が良いわよ。帝国貴族はここに比べて、人を見る目が厳しいの。立ち居振る舞いを見ただけで人の程度を判断し、あなたの優しさや素敵な中身を見てくれようとする人はまずいないわ。帝国の首都に行く際には、必ず帝国用の自分を作っていくことをアドバイスしとくわ」
俺はエレノアの言葉に、彼女が到底自分の手に負える女ではなかったことを認識した。
守ってやりたくなるような雰囲気も、救ってあげたくなるような絶望顔も見知らぬ土地で生き抜くため彼女が作り出した顔だったのだろうか。
俺は帝国生まれの女が恐ろしくなった。



